ピンホール写真の応用

ピンホール現象はいろいろな形で応用されていますが、ここでは、天体観測への応用に限って、ルネッサンス期と現代における応用について述べることにします。

天体観測(ルネッサンス期)

そもそも現代物理学の出発点であるニュートン力学成立への重要な道筋であるコペルニクス(Nicolaus Copernicus: 1473.2.19 – 1543.5.24)ティコ・ブラーエ(Tycho Brahe: 1546.12.14 – 1601.10.24)ケプラー(Johannes Kepler: 1571.12.27 – 1630.11.15)の時代の太陽観測においてもピンホール「カメラ」が重要な役割を果たしたことが指摘されています。ニュートン(Isaac Newton: 1642.12.25 – 1727.3.20)の力学法則発見の際に重要なデータとなった「惑星運動に関するケプラーの法則」はケプラーが助手をつとめたティコ・ブラーエの観測データに基づくものです。デンマークの有力貴族であるティコ・ブラーエの天体観測者として経歴はピンホール・カメラを用いた日食の観測に始まるとされています。ピンホールカメラの歴史についての記述の中にはしばしばジェンマ・フリシウス(Reinerus Gemma Frisius: 1508.12.5 – 1555.5.25)の「ピンホール・カメラによる日食観測(1544.1.24)」(翌1945年、De Radio Astronomica Et Geometrico の挿し絵として公表の絵を見かけますが、ティコ・ブラーエやケプラーはフリシウスの著書からピンホール・カメラの技術を獲得したといわれています。また,既に述べたように、ケプラーマウロリコと同様にアリストテレスの問題を初めて解いています。すくなくとも、当時、太陽の観測にはピンホール・カメラはある一定の役割を果たしているようです。マウロリコにせよケプラーにせよ、アリストテレスの問題を解くことを目的にしてこの問題を解いているわけではありません。マウロリコは遠近法について、ケプラーはピンホールによって太陽や月の直径を測定する過程でこの問題を解く必要があったと言うことです。ピンホールを使った、当時の太陽や月の直径測定に関しては、色々な研究が為されていて、例えば、C. Sigismondi 等の研究論文があります。ところが、コペルニクスがピンホール・カメラを使ったかどうかは必ずしも明確ではないので、現在でも、科学史の研究対象として残されているようです。Ludwik Antoni Birkenmajerは1900年にコペルニクスはピンホール・カメラを使っていたという仮説を出しています。また、2006年にはコペルニクスと同じポーランド出身のJarosław Włodarczykはこの点について再度考察してコペルニクスがピンホール・カメラを用いていた可能性を論文に発表しています。なお、歴史のページに書いたように「Camera Obscura」の名付け親はケプラーとされています。

フリシウスの、ピンホール・カメラによる日食観測

 

天体観測(現代)

例えば、Peter L. Manlyの「Unusual Telescope(珍しい望遠鏡)」という本には、ピンホール望遠鏡の項があります。ここにはゾーンプレート望遠鏡のこととピンホールを使った太陽観測について簡単に触れられています。ゾーンプレートやピンホールを使った光学系は光の通る部分に物体がないのでX線やガンマ線などの可視光以外の電磁波のためのレンズとして使えるので天体観測の為の望遠鏡として極めて有効なシステムです。しかし、光の強度や解像度の点で制限されるので太陽観測以外にピンホールが使われる事はほとんどなく、天体観測に有望なのはゾーンプレートです。これに関しては「ゾーンプレート」の項で記します。

太陽観測にピンホールを使うことは、日食観測や黒点観測のために有用であっていろいろな実例があります。特に一般の人が黒いフィルターを直接目に当てて太陽を観察することは必ずしも安全でないので、ピンホールのついた「カメラ・オブスキュラ」を用いて太陽を観察することが推奨されています。 雑誌Sky & Telescopeにはピンホールを使った太陽観察に関する記事が多数見らます。「Unusual Telescope」には1980年代になされたピンホール望遠鏡による太陽観測の実例が紹介されていますが、我が国では、既に1969年に初版が発行されている清水一郎他著の「太陽黒点の観測」にピンホール望遠鏡やゾーンプレート望遠鏡の作り方やそれらの望遠鏡で観測された太陽黒点の写真等も掲載されています。その他、ウエブ上には、例えば、中島正己による黒点のピンホール望遠鏡写真(焦点距離:1700 mm及び4000 mm)など、いくつかの例を見つけることが出来ます。