ピンホール・カメラの変種_3:符号化開口

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ピンホール・カメラは「光の直進性」という基本的で単純な光の性質だけを用いている優れた光学装置です。その性質は、レンズのように使用する材料の屈折率や透過率など、その材料物性に関係しません。ピンホール素子の光学的な性質を決めているのは、その形や位置などの幾何学的な性質だけです。このため、天体観測などで、X線やガンマ線あるいは真空紫外線などのように極めて波長の短い電磁波を扱う上ではなくてはならない素子なのです。これら短波長の電磁波は、可視光線、近赤外線や近紫外線と比べて極めてエネルギーが高くて、透過・屈折させてその光路を制御するのに適切な材料が存在しないのでレンズを作ることができないからです。 しかし、ピンホール・カメラの最も大きな課題として、入射する光の量が少なくて、とても暗いということがあります。このために、ガラスやプラスチックのレンズの発達した可視光領域の写真撮影にはピンホールを使う必然性がないので、現在のところ、可視光用の実用的なカメラ部品としてピンホールはほとんど使われておりません。

しかし、「撮像面(フィルムやセンサー)に到達する光の量が少なくてできる像がとても暗い」という性質が克服できれば、ピンホールは極めて優れた光学素子として活躍する可能性があります。では、どのようにしたら、このような光学素子を作れるでしょうか。ピンホールは、レンズと違って、光を収束させて像を明るくすることはできませんから、明るい光学素子を作るには、ピンホール(光の通る部分)の数を増やして入ってくる光の量を増やすしかありません。一つの考え方は、このホームページの別の項にあるゾーンプレートを使うことです。実際、ゾーンプレートはピンホールに比べてはるかに明るくて上に書いたような目的のために実用化されています。しかし、ゾーンプレートはピンホールとは違った性質を持った光学素子なので必ずしもそのままピンホールのかわりになるものでもありません。ピンホールが光の直進性を利用しているのに対して、ゾーンプレートは光の回折現象を利用しています。これにより、分解能の高い像が描かれるにもかかわらず非常にぼけた像が重なって得られると言うことや、光の収束がその波長に強く依存する等の特徴があります。詳しいことは、本ホームページのゾーンプレートの項をごらん下さい。別の考え方として、光の直進性は使うもののたくさんのピンホールが開けられているピンホール板を使うことです。このようにすると、下図のように、明るくはなりますが、それぞれのピンホールに対応して位置が少しづつ連れた像がピンホールの数だけ撮像面上にできてしまうので、全体としては、ボケた像になってしまい、そのままでは、役に立ちません。

複数個のピンホールからなる光学素子による像のでき方
4つのピンホールによって像を作ると四つの像が重なり合ってできるので全体としてボケた像になる。

もし、この重なり合った像を作り上げた光が、複数個ある透明部分(ピンホールなど)のうち、どの透明部分を通り抜けてきたものであるかを解析できれば、重なり合ってボケた像から被写体を明るく再構成することができます。このような操作は、一見、実現不可能であるように見えますが、数学的な言葉を使って形式的に表現すれば、次のようなことをしていることに相当します。まず、被写体上の光源分布を\(X\)、撮像面上の光の分布を\(Y\)とするとき、\(X\)と\(Y\)の間の関係は、\(Y=F(X)\)と書けます。写真を撮るということは、下に示すように関数\(F(X)\)を使ってデータ\(X\)(被写体表面の光源分布)をデータ\(Y\)(撮像面上の光の分布)に変換することです。$$ X \stackrel{F}{\longrightarrow} Y $$ 写真をとった結果、ボケた像である\(Y\)がわかっているわけですから、下に示すように、逆問題の解、\(X=F^{-1}(Y)\)を求めることができれば、被写体上の光源分布\(X\)が得られて目的は達成されます。$$ X \stackrel{F^{-1}}{\longleftarrow} Y $$これは、複数のピンホールの分布を適切に選んで作った「符号化開口(Coded Aperture)」を使うことで可能になります。ただし、問題はどんな関数\(F(X)\)(この場合、符号化開口)を持ってきてもその関数の逆関数\(F^{-1}(Y)\)が存在するわけではないということです。関数\(F(X)\)に逆関数\(F^{-1}(Y)\)が存在するような「符号化開口(Coded Aperture)」を選んで使う必要があります。このようにすれば、「符号化開口(Coded Aperture)」によって得られたボケた像から、計算によって、シャープな像を再現することができます。かつては、このような計算のために、カメラとは別に、大型の高性能コンピュータを必要としましたが、現在ではカメラ内の電子回路上のコンピュータでも十分処理が可能になっていて、実用的な符号化開口カメラが市場に出るのも遠くないと考えられています。なお、ここで「多数のピンホール」と書きましたが、逆変換が出来るという条件が満たされれば多数の「丸い穴のピンホール」である必要はなくて、たとえば、ゾーンプレートと相似形の符号化開口も可能です。

「符号化開口」の特徴は「明るいピンホール」というだけではありません。例えば、レンズと比べて軽くて安いという特徴があります。さらに、多くのピンホールからの情報を分離できる形で記録しているので、被写体の3次元情報を再現することも可能です。かつてピンホール・カメラがカメラ・オブスキュラを経て現在の映像文化に貢献しているように、ピンホール・カメラは符号化開口を経て、再び、新しい映像文化を築きあげようとしています。

ピンホール・カメラから始まったカメラが大きな進歩を遂げて再びピンホール・カメラの原理へと戻っていくのは大変興味深いことですね。