撮影と画像処理_10:マクロ写真(2)

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被写界深度とマクロ撮影

被写界深度とはピントが合っている被写体までの距離の範囲です。広い範囲にピントが合う事を「被写界深度が深い」と言い、狭い範囲にしかピントが合わない状態を「被写界深度が浅い」といいます。レンズ付きカメラの場合は、被写界深度を定量的に定義するために「錯乱円の直径が許容錯乱円の直径より小さくなる範囲」というように表します。完全な(面積ゼロの)点光源であっても色々な収差の為に、あるいは、ピントが合っていない為にレンズによってできる像は「面積がゼロでない図形」になります。この図形を円であるとして「錯乱円」と呼びます。「錯乱円の直径が大きい」とは像がぼけている事を示すので、この値がある範囲内にある事を「ピントが合っている事」にします。この許容範囲を示す錯乱円を「許容錯乱円」と呼びます。許容錯乱円の直径はカメラあるいはカメラ・メーカーによっても違っており共通した値は決まっていませんが、通常、フィルムの1フレームやデジタルカメラのセンサーの対角線の長さの1/1500程度を「許容錯乱円直径」としている事が多いようです。ゾーンプレートの場合、既に記したように点光源のぼける理由はレンズと異なりますが回折パターンの円を錯乱円と見て被写界深度を定義することができます。これは、「ピント合わせと被写界深度」及び「ゾーン数と被写界深度」のところですでに述べた通りです。ここではマクロ撮影を行う事を念頭に、ゾーンプレートによる回折の様子を計算してみます。

ゾーンプレートの回折パターンの解析

ここでは、波長が 550 nmの光に対して、焦点距離が 50 mm になるような、ゾーン数19 のゾーンプレートについて解析します。図1は、撮像面(センサー、フィルム)の位置をいろいろ変えたときに、点光源の位置(横軸)によって撮像面上の光の強さ(縦軸)がどのように変るかを表したグラフです。グラフが正の値をとる部分でピントが合っており、この領域が被写界深度の広がりを示しています。例えば、黒い実線の曲線はゾーンプレートからちょうど焦点距離と同じだけ(50 mm)離してセンサーをおいた場合ですが、この場合は500 mm のところでになっていて、そこから無限遠まで正の値をとっており、500 mm程度より遠くならどこでもピントが合っていることがわかります。ゾーンプレートを使って写真を撮るときには、カメラのフランジバックの長さを焦点距離としたゾーンプレートをカメラのボディキャップに開けた穴に貼付けて利用する事が多いのですが、これはこの黒い実線の場合に相当しており、まさに(至る所でピントが合っている)パンフォーカスの状態になっている事がわかります。ただし、ここでの議論は光の波長を550 nmに固定した場合についてであって、実際の撮影時にはいろいろな波長の光が対象となります。これについてはのちに述べます。図2はそれぞれの撮像面位置に対応してピントの合う位置に置かれた点光源像の撮像面上での光の分封を示しています。

図1 被写界深度
 焦点距離50 mm、ゾーン数19のゾーンプレートを使って、像面(スクリーン)の位置を変えた時に、点光源像の明るさが点光源の位置(横軸)によってどのように変化するかを示した図です。各曲線は像面を、100 mm(緑)、75 mm(赤)、60 mm(青)、55 mm(シアン)、52 mm(マジェンタ)、50 mm(黒)に置いた時の点光源の像の明るさです。像面を焦点面に合わせると(黒い曲線)、500 mm程度から遠くの被写体がすべて像を結ぶ(パンフォーカス)事がわかります。

図2 撮像面上の点光源像がセンサーの位置によって変わる様子
 撮像面上における点光源像を示す。対象とするゾーンプレートは図1と同じ。撮像面の位置を表す曲線の色は図1と同じ。なお、点光源の位置は、撮像面の位置に対応してピントが合う位置(図1で各曲線が最大値をとる位置)です。

ゾーンプレートによるクローズアップ撮影

図1に示したグラフは、撮像面をゾーンプレートから、100 mm(緑), 75 mm(赤), 60 mm(青), 55 mm(シアン), 52 mm(マジェンタ), 50 mm(黒)の位置においたときに記録される光の強さを表しています。上に記したように、撮像面が、50 mm – 52 mmの位置にあればパンフォーカスですが、これよりもその像面を遠くに離すと急激に焦点深度が浅くなり、100 mmの位置(緑)の場合は極めて被写界深度が浅く、85-125 mmになっています。ほぼプラスマイナス20 mmの精度で被写体の位置をあわせなければ写真は写りません。この位置ではゾーンプレートから撮像面までの距離と被写体までの距離が同じになるので、倍率が等倍のマクロ撮影になります。被写体までの距離が小さいときに焦点深度が浅くなり、特にマクロ撮影では、ピント合わせを慎重に行う必要がある事はレンズ付きカメラの場合と全く同様です。ただし、ゾーンプレートは、ピンホールに比べれば非常に明るいとはいえ、レンズに比べるとまだかなり暗いので、ファインダーやライブビュー画面を通して正確にピント合わせをするのはかなり難しい作業となります。

ゾーンプレートマクロ撮影のまとめ

ここまでに書いてきた事やゾーンプレートマクロ撮影の特徴及び注意すべき点等をまとめておきます。

  1. ゾーンプレートは、レンズと同様に、被写体および撮像面までの距離を調整する事でピント合わせが可能です。

  2. 撮像面までの距離を長くして、被写体までの距離を短くすることによってマクロ撮影が可能です。ただし、図2からわかるように、被写体が近づくにつれて分解能がわずかに劣化し、明るさも減少します。また、有限距離にある点光源を出て空隙を通る直進光は、無限遠にある点光源からの直進光と違って、円錐状に広がりを持っているので背景光の密度は低くなり、ゾーンプレート写真特有のハローは減少します。

  3. 上に記した事は、ある特定の波長を持つ光についての事です。しかし、実際の撮影に当たっては、色々な波長の光が混ざっている事を忘れてはなりません。同じゾーンプレートでも光の波長が変れば焦点距離は変ります。例えば、波長が550 nm の光に対して焦点距離が50 mm になるようなゾーンプレートは、波長が600 nm の光に対して焦点距離が(50 x 550)/600 = 45.8 mm のゾーンプレートとして働きます。このためか、焦点深度が浅い領域でピント合わせをあまり気にせず撮影しても比較的ピントが良く合っているように見える場合があります。もっとも、マクロ撮影と言えるような領域ではピント合わせは非常に大切です。なお、この問題に関しては別項にて詳しく述べます。

  4. 被写界深度の浅いゾーンプレート写真では、ピントの合っていない被写体の像はほとんど出来ません。レンズ付きカメラで撮影した被写界深度の浅い写真ではピントの合っていない被写体はぼけて写るのと大きな違いです。これは、被写界深度のグラフで被写界深度の境界で明るさがになっている為であると考えられます。このために、ゾーンプレートによると暗い背景の中にハローを伴った被写体が明るく浮かび上がる写真が撮れます(図2)。

図2 ゾーンプレートマクロ写真とレンズによる写真(ゲンノショウコ)
 左は、f=100 mm、ゾーン数=39のフレネル型ゾーンプレートを用いてゲンノショウコの花の等倍マクロ撮影。撮影に用いたカメラはOlympus E-510でフォーサーズ規格ですのでフレームの大きさは横17 mm、縦13 mm です。これに対してゲンノショウコの花は直径7~8 mmですからほぼ等倍のマクロ撮影である事が分かります。右はレンズを用いて撮影したゲンノショウコの花。

ゾーンプレート写真の分解能の高さ

ここまでの記述や展示室の写真を見る事で ゾーンプレート写真の分解能の高さは納得できると思います。ここでは、肉眼でははっきり見えないものを撮影して分解能の高さを示します。被写体は、一万円札の裏面下部の幅約 0.2 mm の線です(図3(1))。この線は、実は、「・・・NIPPONGINKO・・・」という文字列のつながりで構成されていますが(図3(2)Olympus TG-2 スーパーマクロモードで撮影)、肉眼で読み取る事はかなり困難です。これを焦点距離50 mm のゾーンプレートで撮影したものが図3(3),(4) です。図3(3)は1.2 倍(\(a=91 mm, b=111 mm\))、図3(4)は2.1倍(\(a=94 mm, b=156 mm\))のマクロ撮影になっています。何れの写真も、非常に鮮明という訳ではありませんが、「・・・NIPPONGINKO・・・」の文字列を読み取る事が可能です。

図3 紙幣の微小文字のマクロ撮影