原理_1:直進する光


光は直進する

ピンホール写真の基本的な原理は、「光は直進する」という性質を使って被写体の像を像面上に描くことです。被写体上の各点から出た光線は小さな穴を通ってフィルムやセンサーなど撮像面(スクリーン)の上の対応する点に達して、被写体と相似形の倒立像を描き出します。しかし、被写体の一点から四方八方に放射された光線のうち小さなピンホールを通るほんのわずかな光だけがスクリーン上の一点に達するので十分な明るさが得られないという問題点があります。明るさを増加させる最も簡単な方法は光の屈折現象を利用して光を集めるレンズを使うことす。今のカメラはほとんどレンズを使っていますが、他に、天体望遠鏡(反射望遠鏡)で活躍しているように凹面鏡を使う方法もあって、レフレックスタイプの交換レンズとして発売されています。では、レンズも鏡も使わずに光を集めて明るい像を造る方法はないものでしょうか?

図1 色々なゾーンプレート
(a, b) フレネル・ゾーンプレート(Fresnel Zone Plate):白(透明ゾーン)と黒(不透明部分)の2階調で作られています。(a) は中心が透明な「正のゾーンプレート」、(b) は中心の円が不透明な「負のゾーンプレート」です。(c) ガボール・ゾーンプレート(Gabor Zone Plate):透明度が連続的に変化しています。(d) フォトン・シーブ(Photon Sieve):透明ゾーンの代わりに多数の穴があいています。

ゾーンプレートの登場

このような目的にあうのが「ゾーンプレート(ZP: Zone Plate)です(図1)。明るい像を得るためには、被写体上の一点から像の上の一点まで直線的にくる光線だけでなく四方八方に広がった光線を途中で曲げて集める必要があります。屈折現象によってこの操作を行うのがレンズですが、ゾーンプレートでは光の回折現象でこれを実現します。回折現象についての詳しい説明は後で述べることにします。図1に示すように、ゾーンプレートには白(透明ゾーン)と黒(不透明部分)の2階調でできている「フレネル・ゾーンプレート(FZP: Fresnel Zone Plate)」と透明度が連続的に変化している「ガボール・ゾーンプレート(GZP: Gabor Zone Plate)」、ゾーンがピンホールの集合からできているフォトンシーブ(PS: Photon Sieve)などががありますが、ここでの説明は原則としてフレネル・ゾーンプレートについて記します。フレネル・ゾーンプレートは、図1に示すように、弓の的のような模様の板で、透明なリング状ゾーンの部分を光が通るようになっています。「リング状ゾーン」を漢字で表せば「輪帯」となりますから、「zone plate」の和訳は「輪帯板」となります。しかし、最近は、この訳語はあまり使われなくて、英語そのままの「ゾーンプレート」という名称が使われています。各ゾーンの半径は光の波長と焦点距離から計算して求めますが、普通のカメラ程度の大きさの装置で写真を撮る場合、焦点距離やセンサーの大きさを考えると、必要なゾーンプレートの最大のゾーンの直径はせいぜい数ミリメートルという小ささです。中心の円の直径はピンホールカメラのピンホールと同じで、普通、最外側のゾーンの直径はピンホールの直径の一桁程度大きなものを使います。原理的には、リング状の「ゾーン」の数はいくらでも増やせるし、それに伴って半径はどんどん大きくなります。ゾーンの数を増やせば、分解能は良くなるし明るさも増すのですが、ゾーンとゾーンの間隔がどんどん狭くなっていくので製作可能なゾーンの数は技術的に制限されてしまいます。また、ゾーンプレートでは波長によって焦点距離が決まりますが、ゾーンの数が増加すると波長や焦点距離の許容誤差の範囲が狭くなるということもあります。これについては後に述べます。私は、焦点距離が \(55mm\) で透明ゾーン数15のプレートと焦点距離 \(90mm\) で透明ゾーン数7のプレートを使った撮影から始めました(後に記すように、通常、ゾーン数は透明ゾーン数と不透明ゾーン数を合わせた合計数を指しますので、これらのゾーンプレートは、それぞれ、ゾーン数2913のゾーンプレートであると言うのが普通です)。一般的に、「ゾーンプレートによる写真はピンホール写真よりもっとソフトだ」と言われますが、少し誤解を招く表現です。このことについては後で詳しく記します。ピンホール、レンズ、ゾーンプレートによって、被写体上の一点がスクリーン上に投影される様子を図2に示します。

図2 ピンホール、レンズ、及びゾーンプレートによる画像生成
ピンホールでは直進する光線だけによって被写体像が描き出されますが、レンズやゾーンプレートでは広がった光線を収束させることで多くの光線を使って明るい被写体像を描き出します。