ピンホール写真の概要


まず最初に、ここでは、ピンホール写真の原理、歴史、撮影法等について大まかな理解ができるように概要を記します。もっと詳しくは次の項目以降の本文をご覧ください。このホームページでは、分かりやすい説明を目指して、専門的な記述や数式はなるべく避けるようにしましたが数式が必要な説明もあります。少し専門的かなと思われる部分は注釈として別扱いにしてあります。また、私がピンホール写真を勉強する上で参考にした色々な資料は参考資料_ピンホール写真としてまとめてあります。詳しく知りたいと思われる方にはこれら注釈とか参考資料が役に立つと思います。

ピンホール写真

ピンホール写真は、日本語では「針穴写真」と言われています。簡単に言えば、カメラの「レンズ」を「小さな穴(針穴、ピンホール)」で置き換えたものと思ってください。「光」は、何もない空間では、まっすぐに進むと考えて間違いありませんから、被写体の表面から出た光線はまっすぐに進んでピンホールを通過して感光面(撮像面:フィルムやデジタルカメラのセンサー等)に達します。この時、このまっすぐな光線はピンホールのところを「支点」にして感光面の上に被写体と相似形の画像を描き出します。これが、ピンホール写真の原理です。

ピンホール写真の原理  
被写体から出た光はまっすぐに進んでピンホールを通過して感光面に被写体と相似形の倒立した画像を描き出します。    


ピンホール写真の歴史

はじめに断っておきたいのは、ここでは「写真」といっても、必ずしもフィルムとかメモリー(記憶装置)に記録された画像だけを指すのではなくて、上に書いたような「ピンホール写真の原理」に従ってできた「感光面上の画像」の事をさしています。ピンホール・カメラの「カメラ」も同様に考えてください。フィルムや印画紙が発明されたのは19世紀になってからであるし、デジタルカメラの登場したのは20世紀ですから、それより前は「ピンホール写真」あるいは「ピンホール・カメラ」と言ってもその画像が、現在のようにフィルム上やメモリーに記録されて残っている訳ではありません。

まず、1万年以上も前の旧石器時代から人類は「ピンホール現象」を知っていて、洞窟画等を描くために、これを利用していたという説があります。これは、必ずしも、広く一般的に認められた説ではありません。しかし、この時代の事については文字による記録が残っていませんから、肯定する事も否定する事も容易ではありません。そのうち、この説を正当化する何かはっきりした証拠が出てくれば面白いですね。

文字に書かれたピンホール現象の記録で最も古いのが、東洋(中国)では紀元前5世紀の墨子、西洋では紀元前4世紀のアリストテレスによるものです。その後、西洋では、他の学問と同様に、光学はアラビアで発展して、ルネッサンス時代のヨーロッパに伝わります。この頃、「ピンホール・カメラ」、あるいは、そのピンホールをレンズに変えた装置は「カメラ・オブスキュラ」と呼ばれて天体観測や絵を描く道具としてよく使われるようになり、その性質も詳しく研究されました。一方、中国では墨子以後、ピンホール現象に関する事が書かれた書物もいくつか出されていて、その性質も西洋におけるのと同じように理解されていますが、残念ながら、現在のカメラ技術につながる事はなかったようです。これは、近代科学技術が西洋の科学技術の系統を引くものだからでしょう。

日本に眼を向けると、ちょうど江戸時代に西洋から「カメラ・オブスキュラ」が入ってきて、中国からは同じ頃ピンホール現象について書かれた書物が入ってきています。カメラ・オブスキュラは盛んに使われた記録がありますが、ピンホール現象そのものについては、私の知る限り、滝沢馬琴と葛飾北斎による記録が残るのみのようです。その後は、ピンホール現象そのものについての記録があるのかどうかは確認しておりません。

ピンホール写真の撮影

現代に生きる私たちがピンホール写真を撮影するときには、フィルム、印画紙、あるいは、デジタル・カメラのメモリーに画像を記録します。特に、ピンホール・カメラは、普通のカメラと異なり、簡単に自作できるというところが魅力です。印画紙を記録媒体に使うときは複雑なフィルム巻き取り装置も不要ですから、カメラ本体も色々な形の空き缶や空き箱等自由に選んで作れます。一方、レンズ交換式のカメラが手元にある場合は、カメラ本体部分にフィルム方式あるいはデジタル方式の一眼カメラを使って交換レンズの代わりにピンホールを用いるというのが、もっとも簡単な「ピンホール・カメラ製作法」です。このサイトでは、この一眼カメラ方式のピンホール写真について記述してあります。カメラ本体から自作する方法については、分かりやすい本やウエブ・サイトが沢山ありますからそれらを参考にしてください。

カメラ本体を自作するか一眼カメラを使うかに拘らず、「ピンホール・カメラ」を作る時に問題になるのは、どのようにして「ピンホール」の部分を作るかという事です。大きめの穴をあけた薄いアルミ板に、ピンホールを開けた更に薄いアルミ板(アルミ箔等)をはりつけるというのはよく使われる方法です。このようにするのは、設計値に近い直径を持つ真円に近いピンホールを作るのが容易だからですが、その他にも色々工夫できます。この時、ピンホールの直径をいくらにしたら良いかという事が問題になります。ピンホールの直径を小さくすれば小さくするほどシャープな画像が得られそうな気がしますが、これは違います。「直径を小さくすれば、入ってくる光の量が減って像が暗くなってしまうので望ましくない」という事をのぞいても、「小さすぎる直径では回折現象のために画像がぼけてしまう」という意味で、小さすぎるピンホールは望ましくありません。大きすぎるピンホールで画像がぼける事は容易にわかりますから、ちょうど良いピンホール直径というものがどこかにあるはずです。これらについては、後に詳しく書いてありますが、直径(\(d\))は焦点距離(\(f\))を使って、おおよそ、$$d=0.0366\sqrt{f}$$ と表すことができます。ここで、長さの単位はmmです。この式を使えば、例えば、焦点距離が100 mmのピンホールの最適直径は0.366 mmということがすぐわかります。実際は、それほど厳密に考えても意味がなくて、直径0.3 – 0.5 mm程度のピンホールで十分良い結果が得られるはずです。ここで注意しておかなければいけないことがあります。ピンホール写真の分野で「焦点距離」と言っているのは「ピンホールから像面までの距離」のことで、正しい意味の「焦点距離」ではないことです。そもそも、ピンホールはレンズなどと違って、光を収束させませんから、「焦点」はありませんし、従って「焦点距離」はありません。

焦点距離と最適ピンホール直径 
鮮明な画像を得るためには、ピンホール直径は小さい程よいのではなく、焦点距離(ピンホールから感光面までの距離)に応じて最適の大きさがあります。ピンホールの直径の大きさの違いによって、ピンホールを通り抜けた光の広がり方がどのように違うかを計算した図です。ピンホールの大きさが小さいと光は急速に広がってしまい直進しないことがわかります。ピンクの領域は、光が直進するとした時に光がある領域ですが、ピンホールの直径が小さい時にはピンクの領域のかなり外側まで明るくなることがわかります。詳しい説明は「ピンホール写真の撮影ーピンホールの設計、注釈4注釈5」にあります。

ピンホール写真の応用

ピンホール・カメラは、レンズ式のカメラに比べると、画像の明るさは暗いし、鮮明さも低いので、実用的な応用分野では、その出番はあまり多いとは言えません。しかし、低い鮮明さのためにかえって独特の雰囲気が出るために近年では「鑑賞するための写真」としての魅力ある分野を形成しています。このサイトも含めて色々なウエブサイトで対象にしているのは、主として、この「鑑賞するための」ピンホール写真と言っていいでしょう。なお、科学技術分野では、レンズが使えない「光線」(短波長紫外線、X線、粒子線)等の測定には重要な役割を果たしています。一方、ピンホール・カメラの歴史を見るならば、ルネッサンス時代には天体観測に用いられて近代科学の発展に大きな役割を果たしています。もっとも、ピンホール式の望遠鏡は暗いために、その活躍分野は主として太陽観測に限られていたようです。このように、太陽観測に限るならば、現在でも、アマチュアが太陽の黒点を見たり、日食の観測をする場合には、ピンホール望遠鏡は優れた装置です。太陽のように極端に明るい対象を観測する時には、ピンホールから感光面までの距離を充分長くとることによって解像度が高い倍率の大きなピンホール画像を得ることができます。この時、ピンホール板と鏡を密着させて作ったピンホール・ミラーを使って光線の向きを水平にすればピンホールと感光面の間の距離を数十メートルにする事も可能です。 ここまで述べてきた概要に関して、もう少し詳しく読んでいただける方は、どうぞ、次の項目以降にお進みください。また、私が撮影したフィルムカメラ及びデジタルカメラによるピンホール写真は展示室(Gallery)で見ることができます。