原理_7:被写界深度の波長依存性


すでに述べたように、ゾーンプレートの焦点距離は強い波長依存性を持っています。一般に、被写体からくる光はある程度広範囲の波長の光から構成されていますから、撮像面までの距離を可変にしたゾーンプレートで写真を撮るときにこれらすべての波長の光について同時にピント合わせをすることはできません。実際には、最も支配的で強度の強い光の波長に着目してピント合わせを行なっているものと思われます。このことは二つの課題をもたらします。

まず第一の課題は次のようなことです。ゾーンプレートは、通常、可視光の波長領域のほぼ中心である波長 550 nm の光を想定して設計されます。しかし、もし、被写体からの光の支配的波長がこれと違うと、この支配的波長の光に対する焦点距離が設計時の焦点距離とは違ってくるので、この波長に対する光に対してピント合わせが必要になります。具体的な例を挙げるならば、波長 550 nm の光に対して焦点距離が100 mmであるように設計したゾーンプレートは、波長 600 nm の光に対しては、焦点距離が 約 92 mm のゾーンプレートとして振る舞います。したがって、この場合、被写体からの光の支配的波長が600 nmであるならば焦点距離100 mmの固定焦点ではピントの合った写真は撮れません。この結果言えることは「F値の大きなゾーンプレートはパンフォーカスであるように見えますが、実際には、そうではなくて、ピント合わせが必要である」ということです。レンズと比べれば、ゾーンプレートはF値が大きいので、撮像面と焦点面を合わせておけばある程度以上遠くにある被写体についてはピント合わせが必要ないはずですが、被写体からくる光の波長が異なれば焦点面の位置が変わるのでピント合わせが必要になるのです。

第二の課題は、同じことを被写体の位置を固定してみたときに生じます。ゾーンプレートから被写体までの距離に幅があるとき、その位置に応じて鮮明な像を作る光の波長領域が異なってきます。また、その領域の幅は、可視光の波長幅に比べてかなり狭いものになります。この様子を見るために、撮像面までの距離を固定して、(波長)ー(被写体までの距離)の空間内で像ができる領域を計算したものが図1です。レンズの色収差はゾーンプレートに比べるなら極端に小さいですから、レンズ付きカメラについてこの図のような被写界深度を表す時には撮影許容領域の波長依存性は全くないといっても過言ではありません。

図1 (波長)ー(被写体までの距離)の空間内で像ができる領域
焦点距離 50 mm、ゾーン数 9 のフレネル・ゾーンプレートによって、(波長)-(被写体までの距離)空間内で映像ができる領域を示しています。左図は撮像面までの距離が50 mm、右図は 55 mm の場合を表しています。

このグラフから、ゾーンプレートによって投影される図についていくつかの特徴がわかります。まず、ゾーンプレートによってできる像は、被写体の位置にかかわらず、極めて狭い波長領域の光によるということです。可視光の波長領域に比べて数分の1の波長領域幅の光によって像ができていますが、不思議なことにあまり不自然な色には見えません。これにはいくつかの理由が考えられます。例えば、色は光の波長だけで決まるのではないこと(べツォルトーブリュッケ現象、アブニー効果など)、あるいは、色温度の異なる光で照射しても被写体本来の持つ「色」を感じてしまうのと同様な「色の錯視」によるものと考えられますが、明確な理由は不明です。また、ゾーンプレートによって鮮やかで透明感のある写真が撮れることがしばしばありますが(図2)、これは狭い波長領域の光によって彩度の高い写真ができることが原因であると推測されます。一般に、反対色あるいは補色と混ぜられた光は彩度が下がりますが、狭い波長範囲の光を混ぜてもこのようなことは起きにくいからです。もう一つ、ゾーンプレート写真に見られる特徴として、近距離の被写体を撮影をしたときにその被写体より遠方が真っ暗になることが挙げられます(図3)


図2 つつじ山の紅葉(新宿御苑)
明るい被写体は鮮やかに再現されます。

図3 エンジェル・トランペット
近づいて撮影したエンジェル・トランペットの後ろは全く何も映りませんでした。

色収差に関しては、「ゾーンプレート写真の撮影と画像処理ー色収差」のところで再び考察します。