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ゾーンプレートとピンホールの比較
ゾーンプレートのピント合わせ
35 mmフィルム・カメラに対応する一眼カメラでゾーンプレート写真を撮るとき、ゾーンプレートの実効的F値は、普通、50 ~ 100 程度です。このようにF値が大きいときにはカメラはパンフォーカスと考えられます。レンズ付きカメラで写真を撮ることを考えれば、F値がこのように大きな値の時にはピント合わせの必要はありません。もっとも、レンズ付きカメラの場合、F値は大きくてもせいぜい20程度まででしょう。それにもかかわらず、このように大きなF値であってもゾーンプレート・カメラではピント合わせをすることによって、シャープな写真を撮ることができます。その理由は、ゾーンプレートがガラス・レンズに比べると極端に大きな色収差を持っていることに関係します。この点については、後で「色収差」の項で詳しく説明しますが、ここでは、色収差のことは考えずに、一般的にピント合わせと焦点深度・被写界深度の関係について述べることにします。
デジタル一眼カメラにゾーンプレートを装着して写真撮影をする場合を考えてみます。ゾーンプレートはピンホールに比べるとはるかに明るいのですが、周りが明るい時にはデジタル・カメラのモニターを見ながらピントを合わせるのは困難です。また、ファインダーを見てピントを合わせるのも明るさが不足して困難である場合があります。そこで、ピントの合う位置をあらかじめ計算しておいて、ゾーンプレートの位置をそこにあわせるという方法もよくとられます。一方、カメラのボディキャップに穴を開けて、焦点距離がフランジバックの長さと同じゾーンプレートを貼り付けて、固定焦点式ゾーンプレートとしてピント合わせをしないで使うこともしばしばあります。
まず、無限遠にある点光源の像を考えてみます。この場合、点光源の像は焦点の位置にできます。この時にはゾーンプレートと撮像面の間の距離は焦点距離と一致しますが、この距離にどの程度の誤差が許されるのか考えてみます。これは、無限遠にある被写体に対する「焦点深度」(注釈_4)です。これを被写体側の許容範囲に置き換えると「被写界深度」になります。焦点深度も被写界深度も、許される誤差の大きさの基準(どの程度の「像のボケ」まで許すかという事)は目的に応じて与えなければなりませんから、装置によって色々な基準が採用されます。
レンズ付きカメラの場合、普通、その基準は、ピントのずれによって円形に広がった「点光源の像」の最大許容直径(許容錯乱円直径)で与えます。この許容錯乱円直径は、通常、カメラの撮像面の対角線の長さをある定数(1500程度;カメラやメーカーによって異なります)で割ったもので定義します。このホームページに載せてある写真を撮影したフォーサーズ規格のカメラの撮像面(センサー面)の対角線の長さは21.63 mmですから1500で割ると許容錯乱円直径は0.015 mm程度になります。ところで、ゾーンプレートの場合、ゾーン数を極端に増やせば別ですが、標準的なゾーン数・焦点距離ではゾーンプレート固有のボケの半径はこの許容錯乱円の半径と同程度あるいはそれ以上になってしまいます(例えば、焦点距離100 mm、25ゾーンのゾーンプレートの場合は0.06 mm程度になります:注釈_5)。この値は上に記した許容錯乱円直径よりかなり大きいですから、レンズ付きカメラについての焦点深度や被写界深度の定義と同じ定義をゾーンプレートに対して使っても余り意味がありません。そこで、ここでは、最外側ゾーンからの光が中心ゾーンからの光を完全に打ち消してしまう位置と焦点の間の距離を「焦点距離の許容誤差」として、焦点深度や被写界深度を定義することにします。これは、分解能を上げるために透明ゾーンを一つ増やしてもその効果が効かなくなる限界を示しています。ゾーンプレートによって投影された像の鮮明さを表す基準になりますが、レンズ付きカメラの焦点深度や被写界深度と直接比較することは出来ませんので注意して下さい(図1)。
図1 レンズ(左図)とゾーンプレート(右図)の焦点深度
無限遠の点光源に対する焦点深度は焦点距離の許容範囲(\(\pm \Delta f\))です。レンズの場合、点光源の像の半径と許容錯乱円半径(\(r_c\))との比較で決まります。ゾーンプレートの場合、焦点深度は、普通は、ゾーン数Mのゾーンプレートが作る像の半径がゾーン数M−1のプレートの作る像の半径に一致する位置で決まるように定義することにします。
焦点深度
焦点距離 \(f\) 、光の波長 \(\lambda\) 、ゾーン半径 \(r_n(n=1,2,…N)\) の間には注釈_1の式の関係がありますから、焦点距離について許される誤差(焦点距離の許容範囲)はこの式に従って計算する事が出来ます(注釈_4)。この計算によれば、波長 \(\lambda\) の光に対する焦点距離 \(f\) 、ゾーン数 N のゾーンプレートは、光軸上で焦点から
$$\Delta f = \frac {f}{N} $$
だけはなれた点、即ち、\(f-\Delta f\)および \(f+\Delta f\) のところで、N番目のゾーンからの回折光の寄与が無くなります。したがって、このゾーン数 N のゾーンプレートは \(f(1-1/N)\) から \(f(1+1/N)\) の範囲内で焦点を結んでいると解釈することができます。もっとも、この限界位置での「点光源の像の半径の増加分」はピントの合った像の半径の \(1/\sqrt{2N}\) 倍程度ですからわずかなものです。後に色収差のところで述べるように、「波長の許容範囲」もこれと同様の形をしており、可視光撮影の場合、許容波長範囲を、できれば(400 – 700 nm)としたいところですのでこれは極めて厳しい条件です。焦点距離の場合、手作りのゾーンプレートであってもその位置を1 mm程度以下の精度で決めることはそれほど難しくありませんから比較的楽な条件と言うことが出来ます。また、これは、無限遠にある点光源に対する焦点深度ですが、有限の距離にある光源に対する像についての焦点深度も同様に計算できて、像の位置を \(b\)としてピントの合う範囲は、
$$b\left(1-\frac{b}{f}\frac{1}{N} \right)$$ から
$$b\left(1+\frac{b}{f}\frac{1}{N} \right)$$
までとなります(図2)。
図2 有限距離にある点光源に対する焦点深度
有限の距離(\(-a\))に置かれた点光源に対する像の位置(\(b\))の許容範囲
被写界深度
焦点深度にしても被写界深度にしてもピントが厳密に合っている点の前後の許容誤差範囲を表しますが、実際に写真を撮影するときには、ゾーンプレートと撮像面の間の距離を定めたときにどの範囲にある被写体にピントが合っていると見なせるかを表す被写界深度の方がわかりやすい概念です(図3)。レンズの場合には、上記のように、ピントが合っていると見なせる許容範囲として点光源の像のぼけ方の大きさを基準とするのが普通ですが、ゾーンプレートに対しては上に記したように別の基準を用います。ゾーンプレートによって完全にピントが合っている場合には、同じ点から出て異なるゾーンを通ってきた光線の位相が完全に一致していますが、この状態から被写体の位置が変わるとその位相がずれてきます。位相のずれが半波長に相当するだけずれてしまうともはやピントが合っているとは言えなくなります。詳しい計算は注釈_4にあるとおりですが、このような考え方をすると、ゾーンプレートの前方\(a\)の位置の被写体にピントを合わせた場合、被写界深度は、$$ a\left(1 – \frac{a}{f} \frac{1}{N} \right) \sim a \left(1 +\frac{a}{f} \frac{1}{N} \right) $$
の範囲にあることがわかります。ここで、\(N\)、\(f\) はゾーン数と焦点距離を表しています。ただし、この式は、無限遠にピントを合わせた時(\(a=\infty\) には使えません。この場合には、別に解析して、被写界深度は \(Nf \sim \infty \)の範囲であることがわかります。
図3 ゾーンプレートの被写界深度
被写界深度計算の具体例
実際の撮影に際して、被写界深度はどの程度であるかを知ることは重要です。この数値を求めるには、ゾーンプレートから被写体までの距離、ゾーンプレートの焦点距離、およびゾーン数を上にある式に代入して計算すればよいのですが、ここでは、一般的な傾向を知るために無限遠に合わせたゾーンプレートを使ったときに具体的にどれぐらい近くまでピントが合うかを求めてみます。
$$\Delta r_N \equiv r_N – r_{N-1} \cong \sqrt{\frac{\lambda f}{N}} $$