原理_6:ゾーン数と被写界深度


ゾーン数と解像度

ゾーンプレートの設計に当たっては、ゾーン数を決める必要があります。理論的には、ゾーン数を増やすほど点光源像の半径は小さくなり像の解像度は良くなります。図1は、焦点距離 \(f=50 mm\)、ゾーン数 \(N=9, 19, 29\) のゾーンプレートを使って、無限遠にある点光源の像を、ゾーンプレートから\(50 mm\) 離れたところにある像面上に作ったときにX軸方向の光の強さ分布がどのように変化するかを計算した結果のグラフです。

図1 ゾーンプレートによってできる撮像面上の光の分布
焦点距離 \(f=50 mm\)のゾーンプレートによる無限遠の点光源の像。撮像面はゾーンプレートから50 mm の位置にある。緑、赤、青の曲線はゾーン数が9、19、29の像を示しています

このグラフだけでもゾーン数が増えると解像度が改善されるのが分かりますが、これを定量的に示す為に、さらに、ゾーン数が 49, 79, 119, 159 のゾーンプレートについても計算して、像の第一暗帯の中心の直径とゾーン数の関係(青丸)を示したものが図2です。解像度を第一暗帯の中心円の直径 \(d\)とすると、この図から、解像度 \(d\)とゾーン数 \(N\) の関係は次式のように求まります。この図では赤の実線で表してあります。
$$d \cong \frac{0.213}{N^{0.526}}$$
この式によると、第一暗帯の中心円の直径はほぼ\(\sqrt{N}\) に逆比例して小さくなりますから、ゾーン数 \(N\)を増やすほど解像度が良くなる事が理解できます。しかし、実際に写真撮影を行うと、(この傾向とは逆に)ゾーン数の多いゾーンプレートで撮影した写真の方が不鮮明であるような印象を受けます。この原因として「ゾーン数が多くなると、解像度が上昇するとともに、被写界深度が浅くなり、正確にピントが合っていない被写体は被写界深度の外に出てしまって不鮮明になる」のではないかと考えられます。

図2 解像度のゾーン数依存性
解像度(第一暗帯の中心円の直径)のゾーン数依存性の計算値(青丸)とこれにフィットさせた曲線(赤の実線)を表しています。

ゾーン数と被写界深度

上の仮説が正しいかどうかを検討する為に、ゾーンプレートから撮像面までの距離が目標値からずれていた場合に被写界深度がどれほど浅くなるかについて計算した結果が下の被写界深度の図です(図3)。この図は焦点距離50 mmのフレネル・ゾーンプレートについての計算結果をまとめたものです。横軸は撮像面の位置、縦軸は被写体の位置を示してあります。緑、赤、青の曲線の内側は、それぞれ、ゾーン数9、19、29のゾーンプレートによってピントが合う領域を示してあります。なお、ここで示した領域の境界は、\(a\)(ゾーンプレートから被写体までの距離)を固定したときに光量が最大になる点(結像の公式を使って撮像面の位置 \(a\)と焦点距離 \(f\) から決まる点)の光量の半分になる \(b\)(ゾーンプレートから撮像面までの距離)を求めて決めてあります(注意:解像度の議論をした所では、光の強さが半分になるところではなく0になるところを使っています)。もし、撮像面を焦点面と同じ位置(50mm)に置けば、当然、無限遠にある被写体にピントが合いますが、例えばゾーン数が 9 のゾーンプレートでは被写体がほぼ500 mm よりも遠くにあればどこにあってもピントが合うことがわかります。これに対して、撮像面をゾーンプレートから58 mm の位置に置くと(\(b=58 mm\))、ほぼ 200 mm ~ 2000 mm の範囲にしかピントが合いません。また、ゾーン数が増加するに連れてピントの合う領域が狭くなっていく事も分かります。このために、ゾーン数の多いゾーンプレートでは撮像面を置く位置をより正確に合わせる必要が出てきます。例えば、\(10 m\) 離れた位置にある被写体を撮影する場合、撮像面を50 mmの位置に置けば良いのですが、ゾーン数9の場合この位置が 6 mm 程度ずれていても(すなわち、\(b=56 mm\) でも)撮影可能なのに、ゾーン数が19、29の場合には、それぞれ、\(3 mm、2 mm\) 程度以下の誤差しか許されません。このことは、撮像面の位置に誤差があるときにはゾーン数の多いゾーンプレートほど写りが悪くなる事を示しています。手作り「ゾーンプレートレンズ」では、取り付け精度がそれほど高くはないと考えられますから、この理由によってゾーン数が大きいときに画像がぼける事を説明できると考えられます。

図3 被写界深度
焦点距離 \(f=50 mm\) のゾーンプレートについて、ゾーン数を変えた時の被写界深度。横軸が、撮像面までの距離(\(b\))、縦軸が被写体までの距離(\(a\))を表す。緑の実線の内側、赤の実線の内側、青の実線の内側が、それぞれ、\(N=9、19、29\) のゾーンプレートによる撮影可能範囲を表す

実効波長と被写界深度

さらに重要なのは、写真を撮影するときの「支配的な光の波長」(あるいは「実効的な光の波長」)がいくらであるかが分からないという事です。言うまでもなく、被写体からの可視光には、約400 nmから約700 nmの範囲の波長を持ついろいろな光が含まれていますが、ゾーンプレートの設計や解析に当たっては、普通、この中間値である550 nmを光の波長としています。波長550 mmの光に対して焦点距離が50 mmになるように作ったゾーンプレートは波長400 mmの光に対しては68.75 mm、波長700 mmの光に対しては39.29 mmの焦点距離を持ちます。実効的な光の波長が設計値に一致している訳ではありませんからゾーンプレートを設計通り作って設計通りの位置に取り付けても、支配的な波長の光に対する「ゾーンプレートの取り付け誤差」が数ミリメートル以上ある事は当然考えられます。この場合、許容誤差の範囲が広いゾーンプレート(ゾーン数の少ないゾーンプレート)を使った方が広い範囲の波長の光にピントが合って、より鮮明な写真が撮れる可能性がある訳です。実際、ゾーンプレート写真は、光の強さや色あるいはそれらの組み合わせ等、光の条件次第で、極めて鮮明に撮影できる時や不鮮明になる時がありますが、この現象の理由もこのためであると考えられます。