フラクタル・ゾーンプレート(1)


ここまで述べてきたのは、基本的に、\(r^2\)の尺度で等間隔に透明ゾーンと不透明ゾーンが径方向に並んでいるようなゾーンプレートです。要するに、\(r^2\)空間で周期(周期は波長に依存)的に光の透過率が変わっているような光学素子であるということです。このようなゾーンプレートの特徴の一つに、色収差が大きいことと、ある波長の光の収束する領域が光軸上の狭い範囲に過ぎないということがあります。このような特徴が有利な点についても指摘してきましたが、普通に写真を撮る場合には望ましいことではありません。そこで、色収差の小さな、あるいは、色収差のない回折光学素子を実現する研究がいくつか行われていますが、その中で代表的なものがフラクタル・ゾーンプレートです(フラクタルについての詳しいことは、注釈_9で説明します)。ここでは、フラクタル図形の一種である「カントール集合」に基づくフラクタル・ゾーンプレートについて記します。

カントール集合型フラクタル・ゾーンプレート

フラクタル図形についての説明は注釈_9にある通りですが、カントール集合に基づくフラクタル・ゾーンプレートの作り方は図1、図2に示すようなものです。数学的な立場からは、カントール集合というフラクタルは図1に示すような操作を無限回(\(S=\infty\))繰り返して得られますが、当然、その最終的な形はここに図示することは出来ません。有限回だけ繰り返して得られた図形はプレフラクタルと呼ばれますが、現実的な物を対象とするときには(数学的に厳密な「無限」を表現したり知覚することは出来ませんから)有限回の操作で得られるプレフラクタルのことをフラクタルと呼ぶのが普通です。フラクタル・ゾーンプレートの場合もS回の操作で得られたプレフラクタル図形を使って図2のようなゾーンプレートを作ります。

図1 カントール集合とフラクタル・ゾーンプレート
 カントール集合は、「ある長さの線分を\(NN\)等分して両端部分(図の白い部分)を残す」という操作を繰り返して作ります。\(NN=2N_c-1\)として\(N_c=2\)とするのが普通ですから、\(NN=3\)がよく使われます。通常は、\(N_c\)ではなくて\(N\)が使われますが、フレネル・ゾーンプレートの\(N\)と混同しないように、ここでは、\(N_c\)を使っておきます。操作の回数をSとして、厳密には、\(S=\infty\)で得られる図形がフラクタル図形のカントール集合ですが、現実的には、Sが有限のプレフラクタルである図形が用いられます。フラクタル・ゾーンプレートを作るときは、左端をゾーンプレートの中心、右端をゾーンプレートの最大半径の二乗\(R^2\)として、長さを\(r^2\)で表した線分にカントール集合を作り出す操作を行います。この操作を行って、線分の残った部分(白い部分)がゾーンプレートの透明部分となるわけです。あるフラクタル・ゾーンプレートに対応するフレネル・ゾーンプレートは\(r^2\)で表した透明ゾーンの幅が、上の図のように、等しくなります。したがって、操作回数Sで得られるフラクタル・ゾーンプレートに対応するフレネル・ゾーンプレートのゾーン数は\(N=3^S\)となります。

図2 フレネル・ゾーンプレートとフラクタル・ゾーンプレート
 焦点距離が50 mmであるフレネル・ゾーンプレートとフラクタル・ゾーンプレートを示しています。\(N=3^S\)の関係がありますから、フレネル・ゾーンプレートのあらゆるゾーン数に対応するフラクタル・ゾーンプレートがあるわけではありません。\(S=1, 2, 3, 4, 5,…\)のフラクタル・ゾーンプレートに対応するフレネル・ゾーンプレートのゾーン数は、\(S\)が

大きくなるにつれ急激に増大して、\(N=3, 9, 27, 81, 243,…\) ですからあまり大きなSのフラクタル・ゾーンプレートは作るのが困難です。

このようなゾーンプレートについて、平行光線がゾーンプレートに垂直に入射したとき光軸上に収束する光の強さを計算したグラフが図3および図4です。それぞれの図は、ゾーン数N=27N=81のフレネル・ゾーンプレートと対応するフラクタル・ゾーンプレート(S=3およびS=4)について計算したものです。一般に、ゾーン数が増加すると光軸上で単一波長の光が収束する範囲は狭くなりますが、フラクタル・ゾーンプレートにすることで広い波長範囲の光が同一点に収束するようになって色収差が小さくなることがわかります。

図3 光軸上の光の収束範囲(ゾーン数が少ない時)
 左図は波長550 nmに対して焦点距離50 mm、ゾーン数27のフレネル・ゾーンプレートで、右図は波長550 nm に対して焦点距離50 mm、S=3 のフラクタル・ゾーンプレートの場合です。また、赤、緑、青の曲線は、実際の入射光の波長が、それぞれ、450、550、650 nm の場合を表しています。

図4 光軸上の光の収束範囲(ゾーン数が多いとき)
 左図は波長550 nmに対して焦点距離50 mm、ゾーン数81のフレネル・ゾーンプレートで、右図は波長550 nm に対して焦点距離50 mm、S=4 のフラクタル・ゾーンプレートの場合です。また、赤、緑、青の曲線は、実際の入射光の波長が、それぞれ、450、550、650 nm の場合を表しています。

フラクタル・ゾーンプレートによる撮影

ここに書いたような、カントール集合によるフラクタル・ゾーンプレートについては2003年にG. Saavedra, W.D. Furlan, J.A. Monsoriu によって提案されて以来、多くの学術的研究がなされていますが、写真家が行うような(観賞用)写真撮影においてどのような写真が撮れるのか試みた例はまだ見ておりません。そこで、撮影された写真がどのように見えるのかということを念頭において、写真を撮った結果を以下に記します。

図5は、色彩豊かな猫の置物(小さな猫2匹、大きな猫1匹)の写真で、波長550 nmに対して焦点距離が50 mmでゾーン数29 のフレネル・ゾーンプレート(左図)と同じくS=3のフラクタル・ゾーンプレート(右図)で撮影した写真です。フラクタル・ゾーンプレートは、本来、色収差を小さくするのが目的ですが、この2つの写真から色の違いについて議論することは困難です。しかし、全体的に見てフラクタル・ゾーンプレートによる写真の方が鮮明であることは論を待ちません。

図5 フレネル・ゾーンプレートとフラクタル・ゾーンプレートの比較
 左図はフレネル・ゾーンプレート(f=50 mm, N=29)による写真、右図はフラクタル・ゾーンプレート(f=50 mm, S=3)による写真です。被写体はバリの猫の置物で小さな猫は 60 cm、大きな猫は 45 cmゾーンプレートから離れた所に置かれています

そこで、これらの写真をチャンネル分解して、各チャンネルの写り方について調べてみます。図6はフレネル・ゾーンプレートによる写真を、図7はフラクタル・ゾーンプレートによる写真をチャンネル分解した写真です。いずれの図も、左から順にRedチャンネル、Greenチャンネル、Blueチャンネルの写真を表しています。どちらの写真もGreenチャンネルが最も鮮明に撮れているのは予想通りです。また、それぞれのチャンネルごとに比較してもフラクタル・ゾーンプレートの写真の方が鮮明に撮れていることがわかります。これも、図3の光の収束範囲を示す図から納得のいく結果です。

図6 フレネル・ゾーンプレートによる写真のチャンネル分解
 左から順に、Redチャンネル、Greenチャンネル、Blueチャンネルの写真です。

図7 フラクタル・ゾーンプレートによる写真のチャンネル分解
 左から順に、Redチャンネル、Greenチャンネル、Blueチャンネルの写真です。