撮影と画像処理_3:背景光、ハロー、かすみ


ゾーンプレート写真においては「背景光」が非常に重要な働きをしていて、ゾーンプレートらしい写真を作り出すとともに、強すぎると非常に不鮮明な写真になるので、これを適切に取り去ると鮮明でしかもソフトなゾーンプレート写真ができ上がることを述べてきました。この背景光についてもう少し詳しく考えてみます。背景光についての定量的な話は煩雑になるので注釈のところにまとめておきます注釈_5 なお、「背景光」という語は、通常、対象とする被写体以外からの光を指す場合が多いと思われますが、ゾーンプレートの場合は、ゾーンプレート通過後に主焦点に収束しない光を表していることに注意してください。また、この背景光を、対象とする中心的な明るい被写体からの光による「ハロー」と対象とする被写体以外の「背景からの光」である「かすみ」に分けて考えます。 ここでは、図を使って、ハローと「背景からの光」による「かすみ」についてまとめておきたいと思います。これらの光は物理的には特に区別する理由はありませんが撮影した写真を見たときに違いが感じられるのでわけて考えることにします。

背景光

「ゾーンプレート・カメラ」において像を作るのは、各ゾーンのところで回折してきた光(1次回折光)ですが、ゾーンのところで曲がらずに直進する光(0次回折光)も沢山あります。フレネル・ゾーンプレートの場合、プレートに入射する光の1/2が不透明ゾーンで遮断され、1/4 が直進し、\(1/\pi^2\)が主焦点に収束して、残りは無限個ある副焦点に向かいます。したがって、ゾーンプレートに入射した光束のうち、ほぼ10 %が鮮明な像を作り、25 %程度の直進光がゾーンプレートと同じ直径(過大直径)を持つピンホールによる像に近い像を作り出すと考えられます。この様子は図1に見られる通りです。

図1 収束してゾーンプレート像を作る光線と背景光
 背景光のほとんどはゾーンプレートを通過して直進する光によって作られます。これはゾーンプレートの大きさに相当する巨大ピンホールによる像とも考えることができます。

「ハロー」と「かすみ」

明るい主要な被写体の像について考えるとき、この被写体像の周りには過大直径ピンホールによる不鮮明で大きな被写体像ができますが、これが「ハロー(暈)」として観測されると考えられます。一方、主要な被写体以外(背景)からの光についても、同様に、過大直径ピンホールによる不鮮明な像ができますが、これらは写真全体を覆う背景光「かすみ」として観測されます。この様子を示したものが図2です。


図2 被写体ハローと背景からの光による「かすみ」
 被写体上の1点から出た光は、透明ゾーンのところで回折し、ゾーンプレートの中心を通る直線が像面と交わるところに収束します。この光によって、上の図の右のように濃い緑の被写体像が出来ます。一方、ゾーンのところで回折せずに直進してきた光は被写体像の周りにハローを作ります(薄い緑)。上の図の点線に沿って像面上の明るさの変化を示したのが下の図です。下の左図はレンズ付きカメラで撮影した場合で、下の右図はゾーンプレートカメラで撮影した場合です。ゾーンプレートで撮影すると、被写体からの光によるハローと背景からの光による「かすみ」(背景光)が発生します。この背景からの光による「かすみ」を取り除いて「ゾーンプレート写真を鮮明にする」方法は後で述べます。

ところで、ハローの大きさと明るさはどのようになるのでしょうか?これについても、注釈_5 にもう少し詳しい説明をしてありますが、直感的には次の図3を見ればよくわかると思います。以下の議論では、撮像面上(モニター上あるいはプリント上ではありません)でのサイズで考えてください。被写体である光源のサイズを考える時には、それは撮像面上の像のサイズのことです。このホームページに掲載してある写真を撮影したデジタル一眼カメラは全て「フォーサーズ」規格ですから、撮像面上のセンサーの大きさは横 17.3 mm、縦 13 mmです。普通、被写体からゾーンプレートまでの距離とゾーンプレートからセンサーまでの距離を比べると、ゾーンプレートからセンサーまでの距離の方が遥かに短いですから、回折と干渉によって光が収束したセンサー上の点から最外透明ゾーンを通って回折しないで直進してきた光がセンサーに当たる点までの距離は最外透明ゾーンの半径とほぼ同じです。このことから、ハローの幅はセンサー面上でだいたい最外透明ゾーンの半径になることがわかります。また、ハローの明るさは被写体上の各点から出た光が収束した各点の周りに投影された光を加えあわせたものですから、被写体像が小さい時には相対的に暗くて被写体像の大きさがゾーンプレートの大きさ程度になるまで増加して、それ以後は被写体の大きさに拘わらず一定となります。この状況は図3に示す通りです。

 

図3 被写体像の大きさとハローの明るさの関係
 左から右に行くにつれて被写体像の大きさが大きくなります。被写体像の大きさがゾーンプレートの大きさ程度になるまではハローの明るさは増加しますがそれ以後は被写体がいくら大きくなってもほぼ同じ明るさになります。この「被写体」周辺の背景の像の「ハロー」(背景光)は写真全体をぼんやりさせる「かすみ」になります。

ところで、このハローとゾーンプレート写真の鮮明さの関係について実際の写真を使って説明してみます。使った写真は、焦点距離55 mm用に最適化したピンホール写真と、焦点距離55 mmのゾーンプレート写真(図4)、および焦点距離300 mmのゾーンプレート写真(図5)です。焦点距離55 mmの写真は、ゾーンプレート写真をシャープにする方法を述べる時に使ったものでコンフリーの花を撮影したものです。ゾーンの数は29です。また、焦点距離300 mmのゾーンプレートのゾーン数は65で月を撮影しました。この程度のゾーンプレートでは、残念ながら、月のクレーター一つの形までは写りませんが、「兎の模様」は見ることが出来ます。

図4 ゾーンプレート写真(f=55 mm)
 上の4枚の写真はピンホール(左上図)及び焦点距離55 mm、ゾーン数29のゾーンプレートで撮影したコンフリーの写真です。センサー面上でのゾーンプレートの大きさは写真の右上に示してあります。右上の写真は撮影したままのものです。左下の写真はレベル調整をして「背景からの光」の「かすみ」を取り除いたものです。中心ゾーンの円は上のピンホールと同じですが、葉脈や花の輪郭を見ると、明らかにピンホール写真よりも分解能が高いことがわかります。右下の写真はレベル調整をした後にHDR処理をしたもので、葉脈や花の構造が一層はっきりと見えます。

図5 ゾーンプレート写真(f=300 mm)
 焦点距離300 mm、ゾーン数65のゾーンプレートで撮影した月の写真です。センサー面上でのゾーンプレートの大きさを右下に示してあります。ハローの幅はほぼ最外ゾーンの半径に等しいことがわかります。中心ゾーンの円の大きさよりも小さな構造まで撮影できることがわかります。

なお、被写体上の狭い範囲からの光が極めて強い場合には、その直進する光線がゾーンプレートの形をそのまま映し出して、ハローは弓の的の形として描き出されます。その例を図6に示します。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

図6 自動車の金属面に強く反射されて光線によるゾーンプレート像
 晴れた日の自動車の金属面で太陽の光が強く反射してゾーンプレートの形そのものが映されました。フォーサーズフォーマットのセンサー面(17.3 mm x 13 mm)に焦点距離 50 mm、ゾーン数 29 のフレネル・ゾーンプレート(直径約 1.8 mm)が写っているのがわかります。

「かすみ」の少ない鮮明なゾーンプレート写真

このような撮影例からもわかるように、ゾーンプレートによってかなり細かい情報を含んだ写真を撮影することが可能です。また、ゾーンプレート写真が非常にソフトに見える大きな原因である「背景からの光によるかすみ」はかなりの程度まで取り去ることが可能です。さらに、このようにして「かすみ」を除去した写真にも被写体周辺のハローは残っていてゾーンプレート写真らしさは失っていません。ピンホール写真に比べて、調整出来るパラメータの数は極めて多いですから工夫次第で色々と面白い写真が撮影できると思われます。例えば、焦点距離やゾーン数を変えるのは最も単純な変更ですが、フレネル型(2値型)ゾーンプレートにするかガボール型(連続値型)ゾーンプレートにするかという選択もありますし、ゾーンを多数の穴で置き換えたフォトン・シーブにしたり、色収差を抑えたフラクタル・ゾーンプレートという可能性もあります。

一方、ゾーンプレート写真で私たちが求めている画像は光の可干渉性を生かして1次回折光によってできる像で、背景光による像はこれ以外の光によって作られています。この点に着目すると、ゾーンプレート写真撮影時に、背景光が少ない条件を作り出す事が可能な場合があります。それは、同じ光量を達成する為に、照明を明るくして露出時間を短くする事です。シャッター速度を遅くした場合、1次回折光による照度と0次回折光による照度の比は時間を延ばしても変化しないのみならずこれ以外の光(環境光等)の存在によってコントラストはむしろ減少しますが補助光を用いて光量を増やせば、逆にコントラストを増加させる可能性が残っているためです。振幅が\(A\)の光が入射したとき、そのうち\(p\)だけの割合が1次回折光として像を作るとすれば、像の強度は、\((pA)^2+I_bgl\) と成りますが(\(I_bgl\)は背景光の強度)、露光時間を\(n\)倍にしたときと入射光の振幅を\(n\)倍にしたときの像面での光の強度は、それぞれ、\(n(pA)^2+nI_bgl\) と\((npA)^2+nI_bgl\) になるからです。実際、写真を撮ってみると、この方法で背景光の効果は明らかに減って効果が上がります。被写体そのものからの光について、どのような効果があるかを定量的に説明する事は難しいですが、経験的には、このような操作が 有効である事を図7,図8、図9は示しています。

図7 パンジーの花のゾーンプレート写真(標準露光)
 フラッシュ無し、露出1/4 sec、ISO:3200、カメラ:Panasonic Lumix GH1基準露出

図8 パンジーの花のゾーンプレート写真(長時間露光)
 フラッシュ無し、露出1/2 sec、ISO:3200、カメラ:Panasonic Lumix GH1露光時間を2倍にした。コントラストに大きな変化は見られません。

図9  パンジーの花のゾーンプレート写真(強い光による露光)
 フラッシュ有り、露出1/20 sec、ISO:3200、カメラ:Panasonic Lumix GH1。フラッシュを使って露光量を増やして、露光時間は1/5に減らしました。コントラストが強くなった ことがわかります。

ピンホール写真の場合、十分な光量を得て写真を撮影する目的で長時間露出の写真撮影を行いますが、ゾーンプレートの場合は少し様子が異なります。ゾーンプレートはピンホールに比べてとても明るいので長時間露出はあまり必要ありませんし、強い光を当てることによってゾーンプレート写真が鮮明 になるからと言って、画像の鮮明さを増すために長時間露出で光量を増すことは、普通、あまり意味がありません。もし、光量が足りなくてきれいな写真が撮れない場合は。このように、露出時間を延ばすのではなくてフラッシュ 等の補助光を使う等して光の強さを強くするのが有効であるようです。