注釈4: ピンホールの最適直径


ホイヘンスの原理

まず、最適なピンホールの直径が存在する理由を、簡単なモデルを使って考えてみます。有名な「ホイヘンスの原理」(1690、オランダ、Christiaan Huygens: 1629 – 1695)から始めますが、「もともとのホイヘンスの原理」では波の回折に基づく現象を説明できないので、現在、「ホイヘンスの原理」と呼ばれている原理は、波の干渉(波の回折は並みの干渉で説明できます)の効果を入れたフレネルの考えかたを含ませた原理(ホイヘンス・フレネルの原理)を指すのが普通です。ここでも、特に断らない限り、「ホイヘンス・フレネルの原理」を「ホイヘンスの原理」と呼ぶことにします。

ホイヘンスの原理
新しい波面は、同じ波面上の点を同時刻に出発した球面波(素元波)の波面の包絡線(赤い線)として形成されます。 平面波の場合、同じ波面から出発した 球面波の包絡線(面)は平面ですから、どこまで進んでも平面波は平面波のままです。  

 

ホイヘンスの原理によれば、光は、波面上の各点から進行方向前方に球面波(一点から球面状に広がってゆく波;素元波)として放出され、その球面波の包絡線が新しい波面となって進んでいくと考えられます。ですから、波面が平面である平面波はどこまで進んでも平面波です。しかし、その平面波が(とても小さな)ピンホールが一つ開いている遮蔽板に衝突すると、そのピンホールだけを波源とする球面波が生じますが、この球面波にホイヘンスの原理を適用すれば次々に球面波が生まれて広がっていきます。この場合、光の波は最初平面波が進んできた方向に直進するわけではなくて球面上にひろがっていきますから、このように極端に小さな穴ではもはや「ピンホール・カメラ」として機能しないことになります。

ピンホールが小さい場合
ピンホールのサイズが極めて小さいと、ピンホールを通り抜けた光の波は球面波として進んでいきます。      

 

 

 

ピンホールが大きい場合
ピンホールのサイズが極めて大きいと、ピンホールを通り抜けた光の波は平面波のまま進んでいきます。

ピンホールの「小ささ」とは

それでは、ここで、「とても小さな」というのはどれくらい小さなことでしょうか?実は、可視光の波長である「\(400 nm – 700 nm\)」(\(1 nm\):ナノメートルは百万分の一ミリメートル)を基準として、光の波長位のサイズを「とても小さい」と言っています。しかし、これはあくまでも球面波になるか平面波になるかという基準ですので、回折によって像がぼけるかどうかという事を議論するときには撮像面までの距離がどれ位かという事も重要です。この距離が \(50 mm\) 位のピンホールカメラを考えますと直径 \(0.1 mm \) \((=100000 nm)\) 位のピンホールでも回折の効果が出始めますから、このように直径が波長の200倍もあるようなピンホールでも「とても小さな」ピンホールということになります。もし、ピンホールの直径が光の波長に比べて非常に大きければ、ピンホール板に向かって進んできた平面波はピンホールを通り抜けたあとも平面波のまままっすぐ進んでいきます。「平面波」といってもピンホールの大きさ(例えば、直径 \(0.3 mm\)位)の光線で、とても「平面波」と言うのは抵抗があるかもしれませんが、光の波長からみれば1000倍程もの広がりがあるわけですから「平面波」なのです。

回折による光の広がり方

実際に、ピンホールを通り抜けた光の振る舞いがピンホールの大きさによってどのように違うのかを見てみましょう。ここでは、簡単のためにピンホールの代わりにスリットを使い、非常に遠くにある点光源(無限遠の点光源)から来た波長 \(\lambda=550 nm\) の光がこのスリットを通り抜ける場合について「フレネル回折の式」を用いて計算してみます。下の図はその計算結果で、幅 \(d \)が \(0.05, 0.1, 0.15, 0.3 mm\) のスリットを横軸上に置いて下から光を当てた時にスリットを通り抜けた光の強度分布の図で、光が強いところは白くなるような等高線図で表してあります。ピンク色の帯の部分は、回折がないとした場合に光が直進するはずの経路です。横軸も縦軸も単位は\(mm\)ですが、横軸は極端に拡大してあることに注意してください。スリットのある面から離れるほど(上に行くほど)、また、スリット幅が小さいほど、回折光の広がり方が激しい(光が強い白い部分が横に広がっている)ので、遠くに行くほど幅広のスリットによる像の方がよりシャープになって行く様子がわかります。                     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンホールの大きさ(この2次元図ではスリット幅)と光の広がり方の関係
スリットは横軸上に置いて、下から光を当てています。光の強さを等高線図で表しています。ピンク色の帯は、仮に回折現象がないとした時に直進する光の経路です。a, b, c, d は、スリット幅(ピンク色の帯の幅)が、それぞれ、\(d = 0.05, 0.1, 0.15, 0.3 mm\)の場合の図です。

この図をみると、例えば、\(d = 0.05 mm\) と言うような狭い幅のスリットでは回折光がスリット幅に比べて大きくひろがっており、\(d = 0.15 mm\) 位の幅にすれば実際の光の広がりがスリット幅位になることがわかります。これよりスリット幅を広くすると光の広がりはスリット幅そのものによって決まるので、また大きくなってしまいます。上図と同じ条件で計算して、撮像面を距離 \(f=100 mm\) の所に置いてその撮像面上の光の分布を示したものが下の図です。この距離では、スリット幅 \(d=0.15 mm\)  位で分布の幅が一番狭くなることがわかります。

撮像面上の光の強度分布
開口面(スリットのある面)から \(100 mm\) だけ離れた撮像面上の光の強度分布がスリット幅 \(d\) \((=0.05, 0.1, 0.15, 0.2, 0.3, 0.5 mm) \) に依存する様子。

 

最適ピンホール直径

このように、光の波長と「撮像面までの距離(ピンホール・カメラでは、普通、焦点距離と呼ばれます)」を決めると、これに対して最適のピンホール直径(上の例では、スリット幅)があることはわかりますが、実は、「これこそ最適ピンホール直径を決める唯一の式だ」と言うような数式はありません。それは、「最適とは何か」という定義次第で答えが変わってしまうからです。しかし、大切なのは、「最適ピンホール直径」が「撮像面までの距離」や「光の波長」にどのように依存するかということで、これはどのように「最適」を決めても同じになります。

 直感的に、最適ピンホール直径として考えられるのは、「ゾーンプレート」の所で述べるようなゾーンプレートの中心円の直径で、これは\(d=2a\) \(=2\sqrt{\lambda f}\) と表せます。この式はピンホールの円周をかすめて直進する光をピンホール中心から出てくる素元波が、干渉によって、打ち消すという条件(簡易法)になりますが、この条件自体は余り理論的な根拠のあるものではありません。 実際に干渉を起こす光線はピンホール中心を通ってきたものだけではなくて、他にも無限にあるわけですからこれら全てについて加え合わせなければなりません。このように加えあわせた式を使い、いくつかの仮定をすると「フラウンホーファー回折の式」が得られます。この計算を行なうと平面波がピンホール板に衝突して通り抜けてきた時に撮像面上の光の強さの分布がどのようになるか図が描けます。光は中心の円形の領域の中で強くなり、その外側を輪を描いて囲んでいます。この式は上の計算に使ったフレネル回折の式よりも近似を進めて簡単化されているので、中心円半径は次のように式の形で求められます。$$r\cong3.832\frac{\lambda f}{2\pi a}$$ 最適化のために、中心円の半径がピンホール半径と一致するという条件 (\(r=a\)) を与えると、次式が得られます。
$$a\cong\sqrt{0.6098 \lambda f}\cong 0.78\sqrt{\lambda f}$$ $$d=2a\cong1.56\sqrt{\lambda f}$$ これは、本文にある式と同一です。ゾーンプレートの中心円の直径から求めたものとは係数が異なりますが、光の波長と焦点距離を掛け合わせた数値ののルート(二乗根)に比例する点では同じです。このように、最適ピンホール直径を定める条件の与え方次第で、式の係数はある程度異なってきます。また、実際に数値を出す時には、可視光の波長はある広がりを持っていますから、光の波長 \(\lambda\) としてどのような値を使うかによってピンホールの最適直径は変わってきますが、可視光の範囲の波長を使えば、通常の写真撮影にはあまり支障をきたしません。
 

最適ピンホール直径の決め方
円形開口部による回折光分布の式から求めた第一暗部の半径をピンホールの半径とします。