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ここまでに説明してきた全てのゾーンプレートに共通する特徴は 色収差(分散)がとても大きいことです。普通の写真撮影の場合、色収差が大きいことは欠点となるので、 ゾーンプレートによる分散が小さくなることが望まれます。このための1つの解がフラクタル・ゾーンプレートです。色々な 種類のフラクタル・ゾーンプレートが考えられますが、ここでは、 最初に提案されて、現在最もよく研究されている「カントール集 合」に基づくフラクタル・ゾーンプレートについて説明します。
フラクタル図形(自己相似図形)の一つである「カントール集合」などを元にして フレネル・ゾーンプレートに似たゾーンプレートを作成すると、被写界深度が深くて色収差(分散)の小さなゾーンプレートを作ることができます。実際に作成して撮影に使ってみると、本文で見たように、確かに対応するフレネル・ゾーンプレート より鮮明な写真が写真が容易に撮れるようです。
ここでは、次に示す四つの項目について説明します。
① フラクタル図形とは? ② カントール集合 ③ ゾーンプレート・パターンの設計法 ④ ゾーンプレートにおける光の収束
①フラクタル図形とは?
フラクタル図形(自己相似図形)について一言で説明するならば次のようにいうことができます。
特徴的な長さを持たない図形、自己相似図形 → どんなに拡大しても、縮小しても同じように見える図形
フラクタル図形には、雲の形、海岸線、河の流れなどのように拡大したり縮小した時に 「相似形」にはならないけれども”同じような形に見える(相似形み たいな感じだ!)”「統計的フラクタル」と”厳密に相似形となる” 「幾何学的フラクタル」とがあります。自然界にみられるフラク タルは殆どこの「統計的フラクタル」です。
数学的には、「幾何学的フラクタル」は、無限に拡大しても縮小しても自己 相似である図形を指しますが、物理的に対象に当てはめる時、実際には「無限回の操作」は 考えられませんから拡大や縮小を繰り返す回数は「有限」です。こ のように拡大回数や縮小回数に限度を考慮したフラクタルを「プレフラクタ ル」と言います
普通は、この「プレフラクタル」のことも「フラクタル」と呼ん でいます。ゾーンプレートに用いるフラクタルも、この「プレフラクタル」の ことです。
まず、相似形やフラクタル図形がどんなものか、例を見てみましょう。図1は相似形の例です。この例で言えば、左側の図形をある倍率で拡大すると右側の図形になりますが、この拡大操作によってもはや元の図形とは違う図形になってしまいます。したがって、図1にあるような正方形、円、五角形に相似な図形(相似形)を作ることはできますが、拡大・縮小をしても元の図形と同じ図形であるような自己相似形(フラクタル)ではありません。
図1 相似形の例
左側の正方形、円、五角形は右側の正方形、円、五角形とは大きさが違いますが相似形になっています
次に図2の雲の写真を見てみましょう。上の3枚の写真は同じではありませんがよく似た写真であると言えるでしょう。実は、これらの写真は下の写真に示すように、左から順に拡大していってその一部を表示した写真になっています。拡大あるいは縮小を繰り返した時に、全く同じではないが、このように同じような形が保たれる図形のことを統計的フラクタル図形と言います。このような図形は身の回りによく見かけますが、雲の他に、河川の流れる道筋の形や海岸線の形などがこれに当てはまります。
図2 統計的フラクタル図形の例:雲
フラクタル・ゾーンプレートに使われるのは、統計的フラクタル図形のように曖昧な図形ではなく、数学的に厳密に定義できる幾何学的フラクタル図形です。このようなフラクタル図形を作りかたについては、図3のコッホ曲線および図4のシェルピンスキー・ガスケットをご覧ください。このようにしてできるフラクタルはあくまでもプレフラクタルですがフラクタル図形を理解する上でよく使われます。
図3 コッホ曲線
基本の線分を3等分して、1/3の長さの線分3本とし、中央の線分を1/3の長さの線分2本に置き換えます。第2ステップでは、このようにしてできた長さ1/3の線分4本に対して同じことを繰り返します。このプロセスを何度も繰り返してフラクタル図形を作ります。
図4 シェルピンスキー・ガスケット
基本の正三角形を用意します。この正三角形を四つの正三角形に分割します。この四つの正三角形のうち最初の正三角形と同じ向きの正三角形について同じように、四つの正三角形に分割します。以下、この操作を繰り返していきます。
② カントール集合
フラクタル・ゾーンプレートを考えるときに利用しやすいフラクタル図形としてカントール集合があります。フレネル・ゾーンプレート・パターンは円環状の空隙が弓の的の模様のように並んでいて、空隙の境界円の半径(\(r\))の二乗の値(\(r^2\))を並べると等差数列になっています。半径の二乗(\(r^2\))が等間隔になるように境界円の半径が決まっているわけです。カントール集合は、ある線分を、まず、等間隔に分割したのち、自己相似性を持つように分割を進めていくので、現在の目的に合致したフラクタルであると言えます。
それでは、カントール集合がどのようなものであるかについて説明します。上にも書いたように、カントール集合のスタートは基準になる線分(ここでは、長さ1の線分を考えます)を何等分するかということが問題です。今、\(NN\) 等分すると考えますが、ゾーンプレートの場合、この数値は奇数(\(NN=2N_c-1\))であることが必要なので、\(N_c=(NN+1)/2\)を、この分割を指すパラメータとして採用します。前にも書いたように、\(N_c\)としては\(N\)を使うのが普通ですが、ここでは、フレネル・ゾーンプレートのゾーン数を表す\(N\)と混同しないように\(N_c\)を使います。図からもわかるように、\(N_c\) が大きくなりすぎると空隙の面積が小さくなりすぎるために普通は\(N_c=2\)あるいは\(N_c=3\)が使われます。また、ゾーンプレート・パターンを作る上で使用するのは数学的に厳密な無限に続くフラクタルではなくて、有限な範囲の操作でできるプレフラクタルですので、分割操作を何回(\(S\)回)行ったかということも重要なので、スタート点での分割数(\(N_c\))と分割操作の回数(\(S\))が使用するフラクタル図形を表すパラメータになります。
図5 \(r^2=0\) から\(r^2=1\) 間を3等分(\(N_c=2\))したカントール集合
右図は、分割点の平方根を計算して半径(\(r\))上の分割に直したものです。
図6 \(r^2=0\) から\(r^2=1\) 間を5等分(\(N_c=3\))したカントール集合
右図は、分割点の平方根を計算して半径(\(r\))上の分割に直したものです。
③ ゾーンプレート・パターンの設計法
このようにして得られた空隙境界円の半径の値を使えば下の図のようにフラクタル・ゾーンプレートのパターンを設計することができます。
図7 \(r^2\) 空間での分割を\(r\) 空間での分割に変更して円環を描く
初期分割数(\(N\))が2で、分割操作回数(\(S\))が2のフラクタル・ゾーンプレートは分割数(\(N_f\))が27のフレネル・ゾーンプレートと同じ大きさになります。
いずれのゾーンプレートも中心の透明ゾーン(円)の半径(\(r_1\))は、焦点距離(\(f\))と光の波長(\(\lambda\))を使って、\(r_1 = \sqrt(\lambda f)\) と表され、中心から \(n\) 番目の円の半径は \(r_n = \sqrt(n \lambda f)\) と表されます。この式を使って、図7には実際の長さを表すスケールをつけてあります。当然のことながら、このスケールを変えるだけで、いろいろな焦点距離の(ゾーン数=27の)フレネル・ゾーンプレート、(\(N=2,S=3\)の)フラクタル・ゾーンプレートのパターンを作り出すことができます。
図8 完成したゾーンプレート・パターン(左:フレネル、右:カントール)
④ゾーンプレートによる光の収束
次に問題になるのは、このようにして作ったゾーンプレートを使うことで光がどのように収束するかを知ることです。図9は波長が、450 nm, 550 nm, 650nmの光がフレネル・ゾーンプレートおよびフラクタル・ゾーンプレートによって、r-z面上およびz軸状のどこに収束するかを示したものです。フラクタル・ゾーンプレートによってz方向の広い範囲に光が集まることがわかります。
図9 フレネル・ゾーンプレート及びフラクタル・ゾーンプレートによる光の収束