注釈_6:色収差


色収差

ゾーンプレートは、光の波としての性質である回折・干渉という現象を直接利用しているわけですから、焦点に光が集まるかどうかということは光の波長に強く依存します。これは、「ゾーンプレートには強い色収差がある」と表現しておきます。レンズの場合の色収差は、素材となるガラスの屈折率が光の波長によって異なるために起こります。このため、このようなガラスで作ったレンズは光の波長の違いによって焦点距離が異なってくるわけです。一方、ゾーンプレートの場合の色収差はゾーンの間隔と光の波長と回折角度の関係に条件があるために起こります。レンズの場合とは違って、光の通る媒質の性質ではなく、構造的な理由で色収差が起こります。いずれの場合も、「光の波長が変わると焦点距離が変わってしまう」と言うことなのですが色収差の大きさを定量的にとらえるための取り扱い方が異なってきます。

図1 正弦波と位相
位相を表す横軸の値で1周期内の「波のどの部分か」が表されます。周期運動は「回転」と深い関係がありますから、「位相」は「回転角度」に合わせて、1周期を0から \(2\pi\) で表すのが普通です。

ゾーンプレートの働き

ゾーンプレートの働きについて再考してみます。波の「位相(Phase)」という言葉を使うと分かりやすいと思います。光の波は、図1のような正弦波(Sin Wave)が周期的に続いているものと考えます。この時、問題にしているのが「波のどの部分か」を表すのが「位相」です。ですから、この図で言うと横軸が位相を表していますが、その単位は、波の1周期が \(2\pi\) になるようにします。例えば、波が正の方向に一番強くなっている所の位相は \(\pi/2\) です。波は、この1周期分の波の繰り返しですから、位相が \(2\pi\) の整数倍だけ違うような二つの波は同じ状態なので重ね合わすと強さは2倍になります。位相が(\(2\pi\) の整数倍+\(\pi\))だけ違う2つの波は、上の図で言うと\(\pi/2\) の部分の波と\(3\pi/2\) の部分の波が顔を合わせたようなものですから、打ち消しあって強さがになります。ゾーンプレートは、この原理を使って、位相の差が(\(2\pi\) の整数倍)になるような光だけが焦点に集まるような構造にしてあるわけです。また、このような理由から、差が(\(2\pi\) の整数倍)だけ違うような位相は「同じ位相」であるといいます。

色収差による波長限界

そこで、色収差の問題です。今、波長\(\lambda\) の光が焦点で強めあうような、ゾーン数 \(N\) (透明ゾーン数と不透明ゾーン数の和)、焦点距離 \(f\) のゾーンプレートを考えます。このゾーンプレートの最外側のゾーンの半径 \(r_N\)、\(\lambda\)、\(N\)、\(f\) の関係は、
$$N \lambda f = {r_N}^2 \frac{1}{Nf}$$
となっているはずです。これは、
$$\lambda={r_N}^2\frac{1}{Nf}$$
と言うことです。このようなゾーンプレートに波長が \(\hat{\lambda}\) の光が入射するとどうなるか考えます。ピントが合うためには、各ゾーンから焦点に到達する光の位相は、ゾーンプレートの中心から真っすぐ来た光の位相に比べて、(\(2\pi\) の整数倍)だけ違うものでなければなりません。しかし、このゾーンプレートは「波長が \(\lambda\) の光」用に作られたものですから「波長が \(\hat{\lambda}\) の光」についてはこの条件は満たされません。内側のゾーンから外側のゾーンに行くに従って位相差のずれは大きくなって最外側のゾーンから焦点に向かってきた光においてその破綻量は最大になるはずです。どれぐらいのずれまで許されるかということは問題ですが、最外側のゾーンからの光について、そのずれが半波長になるような波長 \(\hat{\lambda}\) の光は打ち消し合って波の振幅をにしてしまいますから、このような波長 \(\hat{\lambda}\) は色収差による限界の一つの目安になります。この時、 \(\hat{\lambda}\) 、\(N\)、\(f\) の関係は、\({r_N}^2=(N\pm 1) \hat{\lambda} f\) ですから、限界波長 \(\hat{\lambda}\) は、
$$\hat{\lambda}={r_N}^2 \frac{1}{(N\pm 1)f}$$
と言うことになります。波長 \(\lambda\) と波長 \(\hat{\lambda}\) の差 \(\Delta \lambda\) は次式のように求められます。
$$\Delta \lambda = |\lambda-\hat{\lambda}|=\frac{{r_N}^2}{f}|\frac{1}{N}-\frac{1}{N\pm 1}|=\frac{{r_N}^2}{f}|\frac{\pm 1}{N(N\pm 1)}|$$
$$=\frac{N\lambda f}{f}\frac{1}{N(N\pm 1)}=\frac{\lambda}{N\pm 1} \cong \frac{\lambda}{N}$$
このようにして求められた限界波長差 \(\Delta \lambda\) が色収差になります。波長 \(\lambda\) やゾーン数 \(N\) に具体的に数値をいれればわかるように、この条件はかなり厳しいものです。例えば、\(\lambda=550 nm\)、\(N=28\) とすれば、\(\Delta \cong 20 nm\) になります。これが、撮影した写真に具体的にどのように表れるかは本文の「色収差」の所に記した通りです。科学技術の分野でゾーンプレートを使う時は、(1)色収差を積極的に使う、(2)単色光を使って色収差の効果が無いようにする、(3)フラクタル・ゾーンプレート等の色収差を減らしたシステムを工夫する、等の努力がされています。
 
 

色収差シミュレーション結果との比較

実際にゾーンプレート写真を撮影してみると、上のような条件で求めた波長限界よりも広い波長範囲で良好な写真が撮れるような気がします。少なくとも、上の条件は撮影する上でそれほど厳密な制限条件ではないように思われます。その理由は、本文で記したように設計波長の光で被写体像の形がはっきりと描写されている時には設計波長から離れた値の波長を持つ光が十分に収束していなくても像の色はかなり再現できているためと色彩の分野でのある種の錯視現象のためであると考えられます。設計波長から外れた波長の光による像の分解能は悪いはずです。そこで、波長550 nm 用に作ったゾーンプレートを使う場合、無限に遠くにある色々な波長の点光源の像がどれほど広がるかについてシミュレーション計算を行ないました。ゾーンプレートは、焦点距離100 mmのものと300 mm のものを使いました。

図2 色収差シミュレーション(1)
波長550 nm用のゾーンプレート(f=100 mm, 17 zones)による波長500 ~ 600 nm の光の像の広がりかた。lamは入射光の波長です。

図3 色収差シミュレーション(2)
波長550 nm用のゾーンプレート(f=300 mm, 65 zones)による波長 540 ~ 560 nm の光の像の広がりかた。

これらの図から、17ゾーンの場合には、波長520 nmから580 nmまで、65ゾーンの場合には、波長545 nmから555 nmまでの光は焦点に収束しますがこの範囲を外れると収束しないことがわかります。一方、上で理論的に求めた評価では17ゾーンの場合、518 nmから582 nmまで、65ゾーンの場合、542 nmから558 nmまでの光が収束するということで、これらの結果はおおむね一致していると見ることが出来ます。実際の写真撮影では広い範囲の波長の光がさまざまな分布で混ざっているために被写体によってその効果の程が違ってきます。

例えば、現在私が使っている、波長550 nm用のゾーンプレート(f=300 mm, 65 zones)では、極めて狭い波長範囲の、ほとんど緑色の単色光しか収束しないはずですが、経験的には、このゾーンプレートで撮影した写真から自然の色に近い像を再現することが出来ます。これは、ゾーンプレートの性能としての「色」は単色光の波長と対応させて表現していることやデジタル・カメラではフィルターで3色に分解して記録して、これを合成して画像を再現していること等に関係していると思われます。この点については本文に記してあります。ゾーン数の多いゾーンプレートによる写真で被写体の色がどのようになるかはとても興味ある課題ですが、もう少し検討してみる必要がありそうです。