位相型ゾーンプレート


「概要」のところで少しだけ触れましたが、ここまでに説明してきたゾーンプレートは主として「振幅型ゾーンプレート」と呼ばれるもので、これ以外に「位相型ゾーンプレート」と呼ばれるゾーンプレートがあります。しかも、実用的な意味での「光学的性能」はこの位相型ゾーンプレートが、多くの点で、勝っていますから、現在、回折光学素子としての基礎的研究や応用研究・実用化が盛んになされています。「ゾーンプレートの応用」のところの説明した例の中にも位相型ゾーンプレートの応用も含まれています。このような状況を考慮して、以下に「位相型ゾーンプレート」の簡単な説明を記しておきます。

位相ゾーンプレート概要

位相型ゾーンプレートは、1875年にSorétによってゾーンプレートの最初の論文が公表されて後、1888年にはLord RayleighによってEncyclopedia Britanica 第9版に発表されています。また、その後、Woodがこれを作成し、作成した位相型ゾーンプレートによって撮影した写真も公表されています。Woodは特別な機械を使わずにSorét型(振幅型)のゾーンプレートと同様に手作りしたのですが、写真家個人が専用機器を使わずに「位相型ゾーンプレートを作ることはかなり大変です。近年の半導体素子製造技術の発達に伴う微細加工装置を使えば作成は比較的容易なのですが、このような技術と関係ない写真家個人が製作することは大変なのです。また、高性能の位相型ゾーンプレートは、撮影に使った場合の基本的性能がほとんど「ガラス製などのレンズ」と変わりなくなっています。このため、いわゆる「ゾーンプレート写真らしさの魅力」が感じられないということからも、高性能の位相型ゾーンプレートをあえて「ゾーンプレート写真」の撮影に用いることにはなかなか踏み切れません。ただし、通常のレンズと変わりない性能を持つとはいえ、写真撮影に関して大きく違う点が一つあります。それは、ゾーンプレートはレンズに比べて極端に大きな色収差を持っており、また、色収差の波長依存性がガラス製レンズとは逆であるということです。実際、この大きな色収差を逆に利用してレンズの色収差を打ち消すことで高性能の色消しレンズも製作されています。大きな色収差は、振幅型ゾーンプレートを使用していても強く感じることで、位相型ゾーンプレートにおける「ゾーンプレート写真らしさ」を出す要因の一つとして、ゾーンプレート写真撮影の魅力を支えるものになるかもしれません。そこで、位相型ゾーンプレートを使う実際の撮影についての具体的なことはさておき、ここでは、位相型ゾーンプレートとはどのような光学素子であるかについての基本的な知識に限って簡単な説明を行うことにします。

位相

ゾーンプレートでは、撮像面上の1点に集まってくる光線の位相が同じになるようにそのパターン(ゾーンプレート模様)を決めることで、光の収束作用を持つレンズと同様の働きをするように作られています。このため、フレネル・ゾーンプレートでは不透明のゾーンによって(焦点の位置で)位相が反転する(位相が π(=180度)程度違う)光は遮断してその点に集まる光が強くなる(弱まらない)ようにしてあります(図1)。位相が π だけ違う光(半周期違う光)はお互いに打ち消し合うからです。「位相」とは周期的に変化する現象が1周期の中のどの状態にあるかを表す量です。例えば、「波」という現象は図に示すように正弦波「sin(x)」で表せますが、この波は、位相 \(x=0\) で高さ\(y=0\) の所からスタートすると、位相 \(x=0.5π\)(90度)の時、山頂(最大)となり、位相 \(x=1.5π\)(270度)の時、谷底(最小)になり、位相が \(x=2π\)(360度)で元の高さの0に戻ります。この位相を表す数値は、その現象が周期を繰り返す毎にどんどん大きくなりますが、実際に意味を持つのはあくまでも一つの周期の中でどの位置にあるかという事です。波の位相は回転運動と関係付けられるので、普通、その位相は角度で表されて1周期は0から2πラジアン(0度から360度)の範囲とするのが便利です。位相の値がどんなに大きくても、2π(360度)の整数倍を差し引くことで、0から2πの範囲(一周期の範囲)の数値に置き直して考えればいいのです。例えば、もし、位相が \(13.5π\) ラジアン(=42.41…ラジアン=773.49…度)であるとすると、\(13.5π = 6 \times (2π) + 1.5π\) ですから、2πの整数倍である \(6 \times (2π)\) の部分を差し引いて、この位相は1.5πラジアン(=4.71…ラジアン=270度)と同じです。ここからは、分かりやすいように、光軸に沿った平行光線(無限遠の一点からの光)が焦点に集まる場合について説明します(以下、原則として、「ラジアン」という角度の単位を付ける事を省略します)。

図1 振幅型ゾーンプレートの原理
 左の4つの正弦波は、それぞれ、ゾーンプレートの透明ゾーン、不透明ゾーン、透明ゾーン、不透明ゾーンに入射する光を表しています。1番目の波は焦点に達した時、3番目の波より1波長分だけ遅れていますが、位相が同じなので足し合わされて大きな振幅の波になります。2番目と4番目の波は、もし不透明ゾーンで遮断されなければ1番目と3番目の波とは位相が半波長ずれて焦点に達しますので波の振幅を打ち消してしまいます。

位相反転型ゾーンプレート

上の説明から分かるように、もし、ゾーンプレートを通過して焦点まで行くと位相がπだけ遅れてしまう筈の光は、フレネル・ゾーンプレートでは不透明ゾーンで遮断するようにしてありますが、遮断しないでゾーンプレートのところでさらにπ(180度)だけ位相を遅らせることができれば、焦点に達した時に透明ゾーンを通ってきた光と同じ位相(実際は、合計で2πだけ遅れていますが、これは上に書いたように遅れてないのと同じです)になって焦点に於ける光の強さを強くする事に貢献します。ゾーンプレート全体に入ってきた光が全て有効利用されるわけです(図2)。不透明ゾーンと透明ゾーンの数は同じか1ゾーン違うだけですから、その総面積(ゾーンプレートの最外ゾーンより内側の面積)はだいたい同じです。従って、このような位相の操作を行えば焦点に集まる光の振幅はほぼ2倍となり、光の強度はその2乗である4倍にもなります。不透明ゾーンが無くなって全てのゾーンからの光がプラスに寄与するからです。このようなゾーンプレートを「位相型ゾーンプレート」と呼びます。これと区別する必要がある時には、今まで述べてきたゾーンプレートは「振幅型ゾーンプレート」と呼びます。不要な光は、不透明ゾーンを設けることで、振幅をゼロにしてしまうからです。Lord Rayleighが考案して、R.W. Woodが初めて写真撮影を行った位相型ゾーンプレートはこの型のもので、その性質から「位相反転型ゾーンプレート」と呼ばれることもあります。また、位相の遅れが0の部分(振幅型ゾーンプレートの透明ゾーン)と位相の遅れがπの部分(振幅型ゾーンプレートの不透明ゾーン)の2レベルから構成されているので、「2レベル(2L)位相型ゾーンプレート」と呼ばれることもあります。

図2 位相型ゾーンプレートの原理
 左の4つの正弦波は、それぞれ、ゾーンプレートの透明ゾーン、位相遅れ透明ゾーン、透明ゾーン、位相遅れ透明ゾーンに入射する光を表しています。1番目の波は焦点に達した時、3番目の波より1波長分だけ遅れていますが、位相が同じなので足し合わされて大きな振幅の波になります。これは振幅型ゾーンプレートと同じです。2番目と4番目の波が通過するのは、今度は、不透明ゾーンでなく位相を半波長分だけ遅らせるゾーンです。このため、これらのゾーンを通過した直後の光はその外側の透明ゾーンを通過した光よりも半波長分だけ位相が遅れています。したがって、これら4つの光は焦点に達した時、すべての位相が一致していて、足し合わされた光は強くなります。

ここまでの説明で、位相型ゾーンプレートの基本的な性質が理解できたと思います。しかし、上に記したように、ここまでの説明にある位相型ゾーンプレートは、Lord Rayleighが最初に提案した「位相反転型ゾーンプレート」で、位相の調整をゾーン単位で行っています。そのため、同じ一つのゾーンであっても中心に近い内側と中心から遠い外側では焦点までの距離が違いますから、厳密なことを言えば、同じゾーンの中でも場所によって調整すべき位相の大きさも当然違ってきます。もし、全ての点で位相の遅れを完璧に修正できるようにすれば、焦点での明るさは最大になる筈です。この点を追求して、一般的な位相型ゾーンプレートを作ればより一層性能の高い光学素子が実現します。この話題は、当面の目的ともだいぶ外れてくるので、興味ある人のために注釈_8に簡単にまとめてあります。