フォトン・シーブ


回折光学素子

レンズもゾーンプレートも光を収束させる「光学素子」ですが、レンズが「光の屈折」を使っているのに対してゾーンプレートは「光の回折と干渉」を使っている点で異なっています。これらの素子は、最初は、可視光線を収束させて被写体の像を結ぶという用途に用いられていましたが、科学の発達につれて可視光線以外の電磁波(電波、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線)や粒子線の収束や輸送に用いられるようになってきました。ここで問題になってきたのは、可視光線の波長に近い赤外線や紫外線の一部を除いては、レンズとして使える適当な材料を見つけるのが困難であるという事です。そこで、回折光学素子であるゾーンプレートの出番がきます。光はゾーンプレートの透明ゾーンを通過しますが、ここは何も物質が存在しない「真空」でよい訳ですから、扱う電磁波が何であっても問題はありません。これまで述べてきたゾーンプレートは写真フィルムで作ってあるので、透明ゾーンにも「フィルム」という物質が存在します。可視光線による写真撮影に使う場合透明なフィルムが存在しても害はないし、フィルムがある方が作りやすいという理由でこのようにしているだけです。可視光線以外の電磁波にゾーンプレートを使おうとすると、電磁波の種類によってはフィルムを変質させたり溶かしたりしてしまう可能性があるので透明ゾーンには物質を置くことができません。また、黒く感光した部分がその電磁波に対して不透明ゾーンとして働くかどうかもわかりません。したがって、このような場合、ゾーンプレートは、例えば、金属板で作って透明ゾーンの部分の金属を除去する事で製作します。この時、ゾーンプレートは同心円状の不透明ゾーンがバラバラになってしまいます。ゾーンプレートとして組み立てるには、不透明ゾーンの間に支持材を入れる必要があります(図1中央)。

 

図1 ゾーンプレート、支持付きゾーンプレート、およびフォトン・シーブ(左から)

フォトンシーブ

支持材を入れたゾーンプレートが可能ならば、透明ゾーンの代わりにピンホールを並べたら良いのではないかというのは自然の発想です。透明ゾーンのある位置にピンホールを密に並べていくともとの透明ゾーンに近づいていきます。一方、プレート上のピンホールのところで回折した光が焦点のところで位相がそろうような位置にピンホールの中心がくるように多くのピンホールをプレート上に配置しても支持付きゾーンプレートと同様な効果が得られます。このような光学素子が、2001 年に L. Kipp等によって提案されて「フォトンシーブ」と名付けられました(図1右)。Kipp等のフォトンシーブは、金属板(光の遮蔽板)に穴を開けるだけで支持材の事を考えないで作れるという事以外にも利点があるとされています。ゾーンプレートの場合、像の分解能は最小のゾーン幅(一番外側のゾーンの幅)で決まりますがフォトンシーブでは対応する位置のピンホールの直径を最小ゾーン幅よりも大きくする事ができるという事を理論的に示せます。X線等の短波長電磁波や粒子線を扱う場合、プレートの加工はリソグラフィーによって行いますが、この際の加工精度の限界は、現在、20 – 40 nm (0.00002 – 0.00004 mm)といわれています。このような限界があるので、分解能を上げるためにフォトンシーブが有利になります。さらに、ピンホールの数をフォトンシーブ周辺に近づくにつれ徐々に減らして滑らかに0にする事で分解能を一層上げたり(apodization)、ピンホールの分布をランダムにする事で収束特性を改善することができるといわれています。

ゾーンプレートもフォトンシーブも、「回折」や「干渉」という直感的にはわかりにくい現象を基礎においていますが、ゾーンプレートは最初から可視光の画像を作るという観点があったのに対してフォトンシーブはX線等の可視光以外の光の収束という非日常的な目的のために考えだされました。このため、ゾーンプレート写真もまだ余り一般的ではありませんがそれに輪をかけて、フォトンシーブ写真は一般的ではありません。しかし、フォトンシーブ写真もゾーンプレート写真と基本的には同じですから、いわゆる写真撮影にフォトンシーブを用いる事が可能です。また、ゾーンプレートの場合、光の波長と焦点距離を与えれば、あとはゾーンの数、フレネル型かガボール型かを決めるだけですが、フォトンシーブの場合には、さらにピンホールの大きさ、周方向の分布、半径方向の分布等と色々と自由度があって意外性のある作品が作れるかもしれません。