注釈_5:背景光


背景光と分解能 

まず、ゾーンプレートに垂直に入射してくる光の行方を調べてみます。無限の遠方にある点光源(面積0の光源)から発してゾーンプレートに円形部分に垂直に入射する光の総量を1として、焦点(主焦点、1次の焦点)の部分に集まる光の量は \(1/\pi ^2 ( \cong 0.1) \) に過ぎないことがわかります。これらは中心円を通って直進してきた光とその外側の各ゾーンのところで内側に曲がって主焦点に向かって来た光を加え合わせたものです。ゾーンプレートをこれと同じ大きさ、同じ焦点距離を持つレンズに置き換えるとレンズの焦点に集まる光の量は入射光量と同じ1になるはずですから、ゾーンプレートでは90%程の光は主焦点に集まらないということになります。しかも、これは入射光が完全にコヒーレント(coherent:可干渉:位相が揃っている)である場合ですが、自然光ではそのように理想的なことはありませんから、実際は焦点に集まる光量の割合はもっと小さくなる筈です。一般に、m 次の焦点に集まる光の量の比率は、\(1/[(2m-1)\pi]^2\) と表せます。また、無限遠にある焦点を零次の焦点と言い、この焦点に集まる光というのは直進する光のことです。実は、この光が一番多くて、その量は 1/4 にも達します。入射光の半分は不透明ゾーンで遮断されますが残りの光のうち焦点に集まらない光が焦点面(撮像面)上で「背景光」となって画像のコントラストを低くする働きをします。これらの光のうちほとんどは透明ゾーンを通り抜けてまっすぐ進む光です。
 
ところで、分解能の善し悪しを決めるのは、光量ではなくて、単位面積あたりの光量である照度ですから、これについて考えてみます。幾何学的に考えるならば、レンズによる点光源の像は(面積が0の)「点」になるはずですが、実際には、光は一点に集まらずにある広がりを持った領域(面積が0でない領域)に集まりますから照度を計算することが出来ます。今、点光源によってゾーンプレート面の照度がであるときの焦点での照度を計算すると、\(4M^2 e\) となり、点光源の像は次式で表せる半径を持つ円になります。
$$b=3.8\frac{\lambda f}{2\pi a} \cong \frac{3.8}{2\sqrt{2}}\sqrt{\frac{\lambda f}{M}}$$
ここで、\(\lambda, f, a\) は、それぞれ、光の波長、焦点距離、ゾーンプレートの最大ゾーンの外側の半径を表しており、\(M\) は透明ゾーンの数を表しています。このようにゾーンプレートでは、ゾーン数 \(M\)を増加すると、\(M^2\) に比例して急激に中心照度が高まり、\(\sqrt{M}\) に反比例して点光源の像の半径が小さくなります。これが、「ゾーン数が多いゾーンプレートは分解能が良い」理由なのです。ただし、これは単一波長に対しての話ですから、一般の写真を撮影する際にゾーン数が大きいほどシャープな写真が撮れるというわけではありません。
 

ソフトなゾーンプレート写真

それでは、ゾーンプレート写真がソフトになる主要な理由は何でしょうか?これを調べるために、入射光が完全にコヒーレントな場合について、無限遠にある円盤状光源によってできる像のコントラストを計算してみます(図1)。コントラスト(C)の定義は色々ありますが、ここでは、被写体像照度(\(L_1\))と背景光照度(\(L_2\))を使って

$$C=\frac{L_1 + L_2}{L_2}$$

と定義します。これは、Weber Contrast と呼ばれるコントラストの定義をゾーンプレートの場合に当てはめたものです。そこで、入射光量、像面積、背景光面積を、それぞれ、I、\(S_o\)、\(S_b\)、とすれば、被写体像照度(\(L_1\))と背景光照度(\(L_2\))は次のように表せます。

 被写体像照度:\(L_1=c_1(I/S_o)\)

 背景光照度 :\(L_2=c_2(q I/S_b)\)

ここで、\(c_1\) および \(c_2\) は、無限遠の点光源からの光がゾーンプレートに入射した時、それぞれ、主焦点に向かう光と直進する光(零次の焦点に集まる光)の割合を表す係数で、既にしるしたように、\(c_1=1/\pi^2\) および \(c_2=1/4\) となります。また、円形の被写体像の半径は前述の無限遠の点光源の像の半径 bp 倍(\(\sqrt{ q}\))とします。言い換えれば、この像は、q 個の点光源(それぞれがゾーンプレート面状に照度 eの明るさを与える)が円形領域に集まって出来た円盤状光源の像であるとしています。このため、像面積\(S_o\)は \(\pi b^2 q\)で表せます。また、背景光像面積\(S_b\)は \(\pi a^2 q\)です。入射光量は q 個の点光源からの光がゾーンプレートの円形部分に入射する時の光量ですから \(\pi a^2 e q\) となります。背景光照度の計算に点光源数がかかっているのは別の方向にある点光源による背景光も背景光像面積を計算する領域に入ってくるからです。したがって、\(L_1\) 、 \(L_2\) 及びCは次のようになります。

$$L_1=\frac{1}{\pi ^2} e\pi a^2 q \frac{1}{\pi [3.8\lambda f/(2\pi a)]^2q}
=\frac{1}{\pi ^2} e\pi a^2 \frac{1}{\pi [3.8\lambda f/(2\pi a)]^2}$$

$$L_2=\frac{1}{4}e \pi a^2q^2 \frac{1}{\pi a^2 q} = \frac{1}{4}eq$$

$$C=(\frac{4}{3.8})^2 \frac{a^4}{\lambda^2 f^2 q} +1$$

ここで、\(a \cong \sqrt{2M \lambda f}\) を使うと、次式が得られます。

$$C \cong 4.43 \frac{M^2}{q} + 1$$

 
 

図1 ゾーンプレートのコントラストの評価
無限遠にある円盤状光源によって像面に円形の像が出来る時、像の半径は点光源の像の半径の\(\sqrt{q}\)倍であるとして、像の照度と背景光による照度の比からコントラストを求めます。

ところで、これまで、背景光をq 個の点光源の集まりで近似してきましたが、q には限界値 \(q_{max}\) があって、q の大きさがこの値以上になっても背景光の効果が増加する訳ではありません。この値は、条件 \(q_{max} \pi b^2 \cong \pi a^2 \) できまり、次のようになります。
$$q_{max} \cong  \frac{a^2}{b^2} \cong (\frac{2 \pi}{3.8})^2 \frac{a^4}{\lambda ^2 f^2} \cong 10.9 M^2$$
 この条件は、像の大きさがゾーンプレートの大きさ程度まで大きくなるとコントラストの下限に達し、その値は\(C \cong 1.4 \) 程度まで下がることを示しています(図2)。逆に、被写体の大きさが分解能限界に近いほど小さい時には透明ゾーンの数の自乗に比例して大きなコントラストが得られます。繰り返しになりますが、この評価は、入射光が完全にコヒーレントな場合についてですから、位相があまりそろっていない光については回折像に集まる光の割合が直進光の割合に比べて少なくなるので写真のコントラストは低下して不鮮明な写真になります。
 
このように、ゾーンプレートでは「高い解像力がありながらソフトな写真が撮れる」ことの大きな理由は、背景光によって「高い解像力で弱いコントラストの写真が撮れる」であることがわかります。特に、大きな被写体はコントラストが弱くなると言うことが重要です。ゾーンプレートの、このような特徴は、このホームページの「ゾーンプレート写真展示室(Gallery)」の写真にもはっきりと表れていることご覧ください。

図2 被写体の像が大きい場合のコントラストが弱いことの説明
左の図は、点光源の像の照度(o1)とこれに伴う背景光照度(b1)を表しています。右の図は、被写体の像の大きさが点光源の像の9倍の時の被写体像照度(o2)と背景光照度(b2)を表しています。\(b_2=9 times b_1\) になりますが o2=o1です。したがって、コントラストをC=o/b(Weber contrast)で定義すると、C2=(1/9)xC1になり、大きな被写体の像のコントラストが弱くなることがわかります。