ゾーンプレートによる撮影の特徴
前ページに記したように、「結像の法則」を満たすようにセンサーの位置と被写体の位置を調整すればゾーンプレートによってマクロ撮影が可能です。ゾーンプレートの性質は光学的には研究し尽くされていると言っても良く、実際、ゾーンプレートは、X線撮影、レーザー光の制御、粒子線の制御、天文学等の色々な理工学分野で活躍しています。しかし、「写真芸術」の分野ではあまりよく理解されてこなかったように思われます。そこで、ゾーンプレートによる写真撮影の特徴を振り返ってまとめてみたいと思います。
まず、(1)ゾーンプレートによってできる像は分解能が高くて普通のピンホール写真と比べてとても鮮明です。次に、(2)ピンホールと違ってゾーンプレートには焦点が存在するので、その焦点距離に基づいてレンズの結像公式を満たすように被写体の位置と撮像面の位置とを調整すればピントの合った鮮明な写真を撮ることができます。ところが、これらの特徴は一般にはあまり理解されていないようです。それどころか、ゾーンプレートはこれらの特徴とは逆の特徴を持っているとさえ思われているみたいです。例えば、「ゾーンプレートを使って撮影した写真は非常にソフトで、普通のピンホール写真よりももっとぼんやりした写真が撮れる」と言われており、また、ゾーンプレートはその焦点距離だけ離れた位置を撮像面として固定して撮影する事(焦点距離をフランジバックと一致させる)が多いことから「ゾーンプレート写真はピンホール写真と同様にパンフォーカスでピンホール写真と違う際立った特徴がない」と考えられている事等があります。(1)に関しては、このサイトでも何度か記してきました。撮ったままの写真がなぜ不鮮明であるかを説明して鮮明な写真を得る方法を書いてきました。(2)に関しては、前ページに書いたようにゾーンプレートを使えばレンズレスにも関わらずかなり鮮明なマクロ写真が撮影できるという事があります。ここでは、このマクロ撮影を題材にしてゾーンプレートの被写界深度について考えてみます。
ゾーンプレートを、「アートとしての写真」の撮影に用いる人はまだ多くありませんが、これを科学技術の分野で研究開発活動、あるいは、その他の分野での応用に用いることはすでに前からよく行われており、新しい試みも続けられています。応用を考える上で重要な、ゾーンプレート写真の性質をもう一度整理しておきます。
光路に何もない
ゾーンプレートやピンホールを光学素子として用いるときの最大の利点は、レンズや鏡と違って光の通る部分に物質が何も無いようにできることです。このために短波長紫外線とかX線のような放射線の計測を行うときに使うことができるので、原子核物理学、放射線物理学、や物性物理学の分野では有用な道具として使われています。これらの用途にレンズを使おうとすると、反射率、吸収率、屈折率、透過率などが目的にあった物質を探さなければなりませんが、これは一般に極めて困難な課題です。
色収差
「ゾーンプレート写真の撮影」のところで述べたように、焦点距離を決めると、リングの大きさは光の波長によって違った値をとらねばなりません。別の見方をすれば、同じゾーンプレートについては色(光の波長)によって焦点距離が異なってきます。これをレンズの言葉に置き換えれば、「色収差」が避けられないということで、写真を撮影するという立場からは、普通、欠点と考えられる性質です。しかし、この性質を用いれば波長毎に光をわける(分光)ことが簡単に出来るということを意味しますから、特別な用途を考えれば必ずしも欠点になるとは限らない性質です。また、後に、応用の項で述べるように焦点距離の波長依存性がガラスレンズの場合と逆(ゾーンプレートでは光の波長が長くなるほど焦点距離が短くなる)であるという性質を使ってガラスレンズに組み合わせて高性能の色消しレンズを作ることが出来ます。
一方、大きな色収差をそのまま撮影した写真の特徴にするという考え方もできます。すでに述べてように、被写体像の色と写真像を映し出した光の波長との間には必ずしも物理的に厳密な関係があるわけではありません。サンプル写真や展示室の写真からも見て取れるように、写真芸術的な観点からはゾーンプレート特有の色収差が写真を面白くする可能性があると言えましょう。
色収差に関連して言えることの一つに、ゾーンプレート・カメラはパンフォーカスであるかということがあります。ゾーン数の多寡にもよりますが、ゾーンプレートの実効F値は50 – 100 もある大きなものです。通常、レンズ付きカメラで撮影するときは最大のF値はせいぜい20程度であることを考えれば、ゾーンプレート・カメラはパンフォーカスであって被写体までの距離がどこであっても、撮像面までの距離を調整しないでピントの合った写真を撮ることができるはずです。しかし、注意しなければならないのは、同じゾーンプレートであっても、光の波長によって焦点距離が違うことです。このため、ある被写体からの支配的な光の波長と、別の被写体からの支配的な光の波長が異なるときは、
高分解能で低コントラスト
もう一つの重要な点は、やはり「ゾーンプレート写真の撮影」のところで述べたように、リング状の隙間からの直接の光である「背景光」によっておこるコントラストの低下を適切に抑えないと非常にコントラストの弱いぼやけた写真になってしまうことです。更に、非常に大きな色収差があって狭い範囲の波長(色)の光しか焦点を結んでいないことです。これは「アートとしての写真」という立場からは、しばしば、美しいハロー(暈)を伴ったソフトな写真という「良い」意味付けがされていますが、科学技術の分野での応用を考える時には不利な点が多いので色々な対処法が考えられています。なお、光の波長の広がりが非常に狭くて、輝度の高い小さな被写体についてはリング数を大きくすればどんどん分解能が高まります。解像力が高くてコントラストの弱い写真が撮れるわけです。
軽くて小さい
性能を一定にしてレンズと比較することはできませんが、ゾーンプレートにおいて光の通る実態部分には物質がありませんから、レンズに比べると軽くなるということがあります。また、用途によっては極めて小さなゾーンプレートが役にたつ場合があります。