応用_3:回折レンズ

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ゾーンプレートの重要な特徴の一つに「大きな色収差」があります。普通に写真を撮影する立場からは色収差は避けたい現象ですが、この弱点を逆手にとり、ゾーンプレートらしい写真を撮ったり、ゾーンプレートの原理を使ってカメラ用高性能レンズの開発が行なわれたりしています。既に商品化されているレンズもあります。

色収差

カメラの像がぼけたりゆがんだりしていて被写体の像を正確に表さない現象を収差といいます。このうち、色収差は光の波長(色)によって焦点の位置が違ってしまう事で起こります。ガラス製レンズの色収差はガラスの屈折率が光の波長(色)によって違うことで起こります。波長が長い光(赤色)に対してはガラスの屈折率が小さくなるので凸レンズの焦点距離が長くなり、波長の短い光(青色)に対しては屈折率が大きく焦点距離は短くなります。これに対して、ゾーンプレートの場合は、既に記したように、光の波長(色)と焦点距離の関係は全く逆になります。波長が長い光(赤色)に対しては焦点距離が短く、波長が短い光(青色)に対しては焦点距離が長くなるのです。この性質を利用して、ガラス製レンズとゾーンプレートを組み合わせることで効率的に色収差を減らそうというのが、その原理です。色収差についてのもう少し詳しい話は注釈_6をごらん下さい。

色消しレンズ

色収差があると被写界を正確に表現した高品質な写真が撮れませんから、カメラ用のレンズとしては、色収差を減らした色消しレンズが使われます。色消しレンズは、通常「屈折率と光の波長との関係」が異なるガラスを使ったレンズを組み合わせて、焦点距離が光の波長になるべく依存しないように設計したレンズです。そこで重要になるのが、色々な光学ガラスの「屈折率と光の波長との関係」です。レンズに用いられる光学ガラスの種類は 200 種以上もありますが、そのうちいくつかの代表的な光学ガラスについて「屈折率と光の波長との関係」を図1に表してあります。この図からもわかる重要なことは、ガラスの屈折率は波長が長くなるほど小さくなるということです。このことは、一般的に成り立つので、どの光学ガラスを使っても凸レンズならば波長が長くなるほど焦点距離は長くなることを意味しています。ですから、特性の異なるガラスで作った凸レンズ同士を組み合わせても色消しレンズを作ることは出来ません。そこで、普通、色消しレンズは特性の異なるガラスで作った凸レンズと凹レンズから適切に組み合わせて構成されています。

図1 光学ガラスの屈折率の波長依存性
学ガラスの屈折率は、光の波長が長いほど小さくなります。記号はガラスの名前を表しており、アルファベットの部分はその種類です。K:クラウン・ガラス(Crown glass, Krone Glas)、F:フリント・ガラス(Flint glass)。

アッベ数

なお、図1のデータは、レンズに用いられる色々なガラスについて屈折率の波長依存性をグラフにしたものですが、通常、それぞれのガラスの性質は「ある波長(下に示すヘリウムd線)に対する屈折率」と「屈折率の波長依存性の指標であるであるアッベ数と呼ばれる数値」の組で表します。アッベ数(\(\nu _d\))は、太陽スペクトル中のヘリウムd線(587.6 nm)、水素F線(486.1 nm)、水素C線(656.3 nm)に対する屈折率を\(n_d\)、\(n_F\)、(\(n_C\))として、次のように定義されます。
$$\nu_d=\frac{n_d – 1}{n_F – n_C}$$
ゾーンプレートについてもアッベ数を用いると色収差の大きさをレンズと比較できますが、もともとのアッベ数はガラスの屈折率で定義してあるので、このままではゾーンプレートのアッベ数を求めることは出来ません。そこで、まずガラスの薄肉レンズを考えると屈折率(\(n\))と焦点距離(\(f\))の関係が次のように表されます。
$$\frac{1}{f}=(n-1)\left({\frac{1}{R_1}-\frac{1}{R_2}}\right) \equiv (n-1)c$$
ここで、\(R_1\)と\(R_2\)はレンズ表面の半径です。この式を使えば、アッベ数を次のように焦点距離を用いて表すことが出来ます。
$$\nu_d = \frac{\frac{1}{f_d}}{\frac{1}{f_F}-\frac{1}{f_C}}$$
一方、ゾーンプレートにおいては焦点距離は光の波長を用いて次のように表されます。$$f = f_0 \frac{\lambda_0}{\lambda}$$
ここで、\(f_0\)は設計波長\(\lambda_0\)の時の焦点距離です。この式を代入すれば、ゾーンプレートの(相当)アッベ数は波長の関数として得られて、その値が計算できます。
$$\nu_d = \frac{\lambda_d}{\lambda_F – \lambda_C} = -3.452$$
光学ガラスのアッベ数は、20 ~ 80 の範囲にあって数値が小さいほど波長依存性が大きくなっています。これに比べて、ゾーンプレートのアッベ数は符号が反対で絶対値が極めて小さいことから、波長依存性が大きくて向きが逆であることがわかります。

ゾーンプレートの応用

上で説明したように、ゾーンプレートは、光の波長が長くなると焦点距離が短くなるという性質を持っています。これは、ガラス製レンズの場合と全く逆で、しかも焦点距離の波長依存性は非常に大きいので、ガラス製レンズに組み合わせて色収差を減らす上では極めて有利な性質です。もっとも、今まで述べてきたような振幅型ゾーンプレートでは、不透明ゾーンで遮断される光や直進光、副焦点に向かう光等のために、かぶりを生じ主焦点に集まる光量が10%程度に減少するために、このままでは高性能のカメラ用レンズを作ることは出来ません。しかし、このような問題点は位相型ゾーンプレートを採用し、さらに複数の回折素子を組み合わせた積層構造にすることにより解決できることがわかっています。もちろんゾーン数もこれまで述べてきた物より遥かに多くなり、高精度の加工技術が必要になります。現在では、設計技術や加工技術が進歩したことでこのような回折素子も開発が進み、既に一部商品化されています。具体的には、キャノンが超望遠レンズ(EF400 mm F4 DO IS USM)や望遠ズームレンズ(EF70-300 mm F4.5-5.6 DO IS USM)、ニコンがコンパクトカメラ用テレコンバーター(TC-E3PF)として市販している他、他のカメラメーカーでも研究開発は進められている模様です。なお、この光学系の名称はメーカーによって異なり、積層型回折光学素子(DO: multi-layer Diffractive Optics element)(キャノン)、位相フレネルレンズ(PF: Phase Fresnel lens)(ニコン)、回折光学レンズ(DL: Diffractive optics Lens)(オリンパス)等と呼ばれています。