ゾーンプレート写真の歴史

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ゾーンプレート写真と同じレンズレス写真であるピンホール写真の歴史は極めて古い時代まで遡ることができます。実際、記録に残っているピンホール現象に限っても、中国では紀元前5世紀の墨子、欧米では紀元前4世紀のアリストテレスまでたどり着けます。また、日本ではそれよりもかなり時代が降りますが江戸時代の葛飾北斎(1760.10.31? – 1849.5.10)の版画(ピンホール現象を扱った「さいあなの不二」という版画)、あるいは滝沢(曲亭)馬琴の「覊旅漫録」や「阴兼阳(かげとひなたの)珍紋圖彙」中の記述等が残っていることはピンホール写真研究室で述べた通りです。ピンホール写真は、さらに遡って、旧石器時代の洞窟絵画にまで遡れるという説もあります。この説自体はまだ証明されているわけではありませんが、ピンホール写真に比べて、ゾーンプレート写真の歴史は極めて浅いということは確かです。これは、ピンホール現象の場合、私たちが装置を作って意図的に実現しようとしなくても、ピンホール写真に直接結びつく小穴投影現象が身の回りの自然の中に発生して像が作られるのを簡単に見つけることができるからであると言えます。これに対して、ゾーンプレート写真は、回折現象の理論から人為的に組み立てられたゾーンプレートを使って作られる画像であるので、その歴史はそれほど古くは遡れないのです。

身の回りの回折現象

回折現象による画像投影は自然界に見ることはできないようですが、光の回折現象自体は私たちの身の回りにも色々見ることができます。このため、おそらくは、かなり古い時代から回折の結果の像や色の変化等については、ある程度知られていた事と思われます。これら自然現象は、光環彩雲、あるいはブロッケンの妖怪と呼ばれている現象で、このうち光環と彩雲は、気をつけてさえいれば、特別な場所に行かなくても日常生活の中で見ることのできる現象です。しかし、ゾーンプレートの発明自体は、直接、自然界からヒントを得たというよりも、回折現象の理論から導き出された結果のように考えられています。これらの事情を含めたゾーンプレートの歴史について、もう少し詳しく説明致します。

ゾーンプレートの発明

ゾーンプレートの発明に関しては、公式的には、ソレ(J.R. Sorét)が1875年に学術雑誌「Anallen der Physik und Chemie 」に発表したのが最初であるとされています。しかし、公式に発表はしていませんが、ソレの論文よりも早く、有名な物理学者でノーベル賞受賞者のレイリー卿(Lord Rayleigh)の1871年4月11日のメモにゾーンプレートの事が書かれているので、実際には、レイリー卿がゾーンプレートを初めて発明した人であるとも考えられますが、最初に学術論文にしたソレがゾーンプレートの公式的な発明者です。また、現在しばしば実用的に使われている位相型ゾーンプレートの一種である位相反転型ゾーンプレートも、レイリー卿が考案して1888年発行のEncyclopedia Britanica第9版に記述しているのが最初です。いずれにせよ、現在(2018年)はゾーンプレートが発明されてからまだ1世紀半ほどしか経っていません。

その後、ゾーンプレートを用いて最初に写真を撮り公表しているのは、アメリカの高名な光学研究者のロバート W. ウッド(Robert W. Wood: 1868.3.2 – 1955.8.11)であると考えられます。ウッドには有名なPhysical Opticsと言う著書があって、その中にはゾーンプレートについても記述されています。1905年に発行された初版のPhysical Opticsはウエブ上でアクセス可能です。このPhysical Opticsは1911年、1934年に第2版、第3版が出版され、この分野の名著であるため、その後何度も増刷されましたが、絶版となっていたものを、ウッドの没後33年経って米国光学会が1988年に復刻しました。実は、ウッドが写真撮影に用いたゾーンプレートは、レイリーが示唆してウッドが実現した「位相反転ゾーンプレート」と呼ばれるもので、このホームページで扱っている普通の「振幅型ゾーンプレート」よりより4倍明るく高度なものです。ウッドが用いた「ゾーンプレート」そのものの写真はPhysical Optics第3版に掲載されています。

因みに、ウッドは「紫外線写真及び赤外線写真の父」とも呼ばれている(Physical Optics 第3版には葉を茂らせた木の赤外線写真が載っています)他、20世紀初頭の物理学の革命時代に世界中を騒がせた「N線騒動」を終結させた人物としても有名であり、さらに、現在まで読み継がれているサイエンスフィクションの「The man who rocked the earth」や「How to tell the birds from the flowers」の著者で、1935年には米国物理学会の会長も務めています。ウッドはトム・ソーヤーやハックルベリー・フィンのような創造力あふれる愉快なアメリカ人で、William Seabrookによる伝記「Doctor Wood – Modern Wizard of the Laboratory」の中にその魅力が余すところなく書かれています。

ゾーンプレート写真撮影の歴史

ゾーンプレートは、レンズと同様に、光学素子の一つですから、必ずしも写真撮影にだけ用いられるものではありません。むしろ現在では、写真家(プロ及びアマチュアの写真家)によるゾーンプレート写真の撮影はまれですが、このような写真撮影目的以外の応用について広く研究開発されています。ここでは、ゾーンプレートによって撮影された「写真」に限って、その歴史を見てみますが、残念ながら、この歴史について詳しく調べられた資料は見当たりません。以下の記述は極めて散漫なもので完璧な「ゾーンプレート写真撮影の歴史」を狙ったものではないことにご注意ください。

まず、初めてゾーンプレートを用いて写真を撮影したのは誰かということには興味が持たれます。上に記したように、この人物は、米国の物理学者のロバート W. ウッドであるとされています。ウッドは19世紀の終わり頃に、レイリー卿が最初に考案して現在も効率的な光学素子として有効利用されている「位相型ゾーンプレート」の一種である「位相反転型ゾーンプレート」を実際に作成して写真撮影を行い、その性質などを研究しています。この時の写真の一枚が、1898年に学術雑誌Philosophical Magazineに発表した論文の中に掲載されています。また、1900年の雜誌 Photographic Journal (Royal Photographic Society 発行)の論文には、同じ写真と撮影に使用したゾーンプレートのパターンが載っています。当時の写真技術を想像するなら、多くの失敗を続けながら得られた快心の一作であったのではないかと思われます。Philosophical Magazine の論文に掲載された写真は、口径4 mm、焦点距離14 cmのゾーンプレートで撮影した風景写真(図1)で「ソフトで芸術的な効果が出ている写真であるが、・・・焦点があっていないのではなく十分鮮明である」旨のことが述べられています。これは、まさにゾーンプレート写真の特徴で、写真を見たときのWoodの興奮が伝わってくるようです。

図1 R.W. Woodによるゾーンプレート写真
 口径4 mm、焦点距離14 cmの位相反転型ゾーンプレートで撮影した風景写真。シャッター速度=0.5 sec。London, Edinburgh and Dublin Philosophical Magazine and Journal of Science. See.5 45(277; 1898) pp.511-522 より転載。

他の所でも述べるように、ゾーンプレートは「回折光学素子」の一種として広く研究が行われ、また、色々な応用研究と開発が進められており、光学分野での論文や書籍は多数あります。ただし、可視光でのゾーンプレート写真撮影に限ると、その数は著しく減少します。これらについてはゾーンプレート参考資料のページを参照してください。